竹之内盛志,萩野 昇/著
■定価3,960円(本体3,600円+税) ■A5判 ■240頁 ■メディカル・サイエンス・インターナショナル
医学論文を読んでいると,たまに,なぜこんなに読みにくいのだろう,と感じる論文に出会うことがある.いい雑誌で査読され,理路はしっかりしており,すでに何度も引用されているにもかかわらず,なんと言うか,共感まで至らないというか,「読む気が起こらない」というか…….
うん,たしかに学術のお作法に則って書かれているけれど,「こうすればAcceptされるんだろ」という技巧みたいなものが透けて見えると,気力が削がれてしまう.
“Rejectされない堅牢性”.その硬さをめがけて,我々はペグを打ち込み,「ここをキャンプ地とする」と宣言して臨床医療の拠り所とする.しかし,ロバストすぎるエビデンスには逆説的な脆さもある.整いまくったクリニカルデータで有意差を出した論文は,実臨床でお目にかかるような「注釈がいっぱいついた1例」にはなかなか適応できないのであった.既往を有する高齢者をぜんぶ除外してしまうの? 化学療法の副作用が軽重問わず1回でも出たらすかさず対象から外しちゃうわけ? それってほんとに臨床であり得る?
グレーに満ちあふれた日常診療で,除外診断をくり返しながら落としどころを探るとき,論文と論文のハザマにある知恵が欲しくなるものだ.
そういう声に応えるために医書がある.と,声を大にしてならぬフォントをボールドにして言いたいところだ.しかし,実を言うと,ドンズバの本にはなかなか出会えない.理由はなんとなくわかる.難しいんだと思う.手強いんだと思う.「現場のファジーを書く」ということが.
だからこそ,ひとたび見つけた暁には手を打って喜んでみんなに伝えて回りたい.「この本はいいぞ!」と.今回紹介する『ジェネラリストが知りたい膠原病のホントのところ』はそういう本だ.
さあ,今回の「勝手に索引」を見ていただこう.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.Webでは索引の完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.
まずはこれ.本書をいろんな意味で象徴する言葉だ.
本書のタイトルには「ジェネラリストが知りたい」とあるが,とは言え,膠原病の本だからなあ,どれくらい難しいのかな,リウマチ膠原病内科医を目指す意識高い専攻医向けかな,とびくびくしながらページをめくり,すぐに見つけたのがこの言葉であった.
「膠原病くささ」
ああ,この本は(膠原病を専門にしていない)私のような医者が読んでいい本なのだ,ということがビビッと伝わる.「膠原病くささ」に言及してくれる本を,私はずっと読みたかった! 患者を診て「膠原病だ,難しいなあ」と わかる ( ・・・ ) なら,実はさほど苦労はないのだ.なぜなら,リウマチ膠原病内科医に紹介すればいいからである.ただし,問題はいつだって鑑別の手前にある.「膠原病くさいかどうか」を見抜いて,膠原病の専門医に相談するのが非専門医にとってはいつも圧のかかるところだ.残念ながら,いくら成書や論文を読んでも,「診断基準」を探してインターネットをさまよっても,他科の医師が膠原病を引っかけるためのコツはなかなか見えてこない.おそらくは,論文や成書から掴めないニュアンスの部分があるのだろう.そこはきっと,オンザジョブトレーニング的に,徒弟制度で教わらなければ身につかないような気がする.この推測が本当ならば,膠原病の師匠を持てない他科の医師や若手医師にとっては越せないハードルになってしまう.
しかし,本書にはどうやら,「徒弟制度的に教わるしかない医術」を,対話形式の文章で乗り越えようとしているフシがある.
たとえば件の「膠原病くささ」がまさにそうだ.
竹之内先生と萩野先生はこう言いあらわす.「炎症の部分もあるし,線維化の部分もあるし,血管障害の部分もある」.そうやってベン図を書いて説明をこころみる.これには,しびれた.こういう言葉を筆ペンで書いて壁に貼っておきたい.
ステロイドについて言及する部分も見逃せない.てっきり,リウマチ膠原病内科の「奥底」で用いられている秘伝のようなステロイドのさじ加減が語られるのかと思いきや,さにあらず,「ステロイドを入れるということが患者の体にとってどういうことなのか」が,わりと綿密に語られている.「効かそうと思ったらこれくらい入れましょう」系のプロトコル的アドバイスよりも強い熱量で,「(副腎が生理的に作っている副腎皮質ホルモンは1日せいぜい2.5 mgくらいなので)2錠(10 mg)飲んだらその4倍ですよね」みたいなことをしっかり書いてある.
こういうのこそ,研修医のうちから読んでおくべきなんじゃないかなあ.
萩野先生の前著1)を知る私にとって,本書の意図は大変よく理解できるが,切り口はけっこう意外で,よくこのような座組み(対話形式)で本にしたものだなあと感心した.リウマチ膠原病内科のど真んなかにいらっしゃる 萩野先生おひとりの提言にはなっていない ( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ) というのは大きなポイントに思える.萩野先生の弟子筋である竹之内先生が,総合診療の現場で「未分化な膠原病の初期像」をいかに捉えるかという視点を持ち込み,それに萩野先生もわかって呼応しているために,リウマチ膠原病内科を志望しない他科の専攻医や研修医,さらには私のような「分化しきった他科の専門医」までもが読んで楽しめる膠原病の本になっている.
かと言って,簡単すぎない.簡略すぎない.要約や省略はむしろ少ない.内容は高度だ.でも現場で応用がしやすい.うーんすごいバランスだ.
萩野先生の脳内に整理されている,豊富な文献情報と現場の経験値とが,竹之内先生のパースペクティブによって立体化し,かつ対話形式であることで自然と挿入される「くり返し」が,非専門医にとってはとてもありがたい.隠し味にちょろっと「徒弟制度のうま味」もプラスされている.そもそも,「昔の愛弟子,今は他の病院で大エース」が戻ってきて,師匠を尊敬しながら別角度からの専門知を披瀝するなんてのは,ラノベ的な王道展開であり普通に興奮するだろう?
「実は」の怖さ! 専門医に送ったあとに,実はこうでしたと言われたときの,身の置き所がないような恥ずかしさは,研修医ならば毎日のように経験しているだろう……というか,おそらく,上級医だってやらかしてはいる.しかし研修医に比べると,より落とし穴は深く,かつ,残念なことに落ちたことに気づかない.なにせ,実際におっこちてケガをするのは上級医ではなく患者なのだ.そして落ちている途中に手をガシッと掴んで穴の上に引き戻すのは,紹介した先のリウマチ膠原病内科医であったりする.
それだけに,他科の医師が語る「実は」はいつも背筋を伸ばして拝聴する.実際,私が病理医だからという偏りはあるかもしれないけれど,「実は血管内リンパ腫でした」はいつも念仏のように唱えている.落ちたくない穴だ.
ここまで,やや総合診療的な項目ばかりを紹介したが,本丸である膠原病に対する記載は華やかで充実している.関節リウマチ(RA)や,リウマチ性多発筋痛症(PMR)の項目は,ぜひ急いで目を通してほしい.「何の無理をしたかコレクション」(どの病気に関連するのかは本文で!)などは本当に印象的だ.これぞ現場の臨床知だよなあ.
ほかにも,化膿性関節炎,偽痛風,結節性多発動脈炎,巨細胞性動脈炎…….レジデントノートの読者諸氏なら,「ああ,なるほど」と(何がなるほどなのかはともかく)言いたくなる疾患が広くカバーされている.これらは,いわゆる成書的な,論文的な書き方をされているわけではない.対話形式って本当に読みやすいね.そして,ここが本当に大事なのだが,萩野先生の脳が引っ張ってくる文献がどれもこれも生き生きしていて,血が通っている,いや血を通わせられていることは特筆に値する.先ほど本書のことを「読みやすい」とは書いたが,全部理解するには普通に分量的に時間がかかるし,難易度も決して低くない.「難しいことを難しいまま書いてあるが,なぜか読みたいと思わせる」.こ,こ,これはすごい本だ.病理医ヤンデル空前の大絶賛である.
あとねえ,二人の掛け合いがいいですね.MEDSiの編集者は立派だなあ.このサイズでこれだけの情報量もすごいが,掛け合いをちゃんと残したのも偉い.いい本です.マジで.