松田光弘/著
■定価4,400円(本体4,000円+税) ■A5判 ■264頁 ■医学書院
いつの頃からだろうか.私は,物事をただ暗記するのではなく有機的なつながりの一成分として捉えることに,「過剰なあこがれ」を抱いている.単に「いいね」と思っている程度ではすまない.ものすごくあこがれている.
医療の現場で,一を聞くと周辺事項を十も二十も教えてくれる人を尊敬する.学会の講演で,一つのきっかけから芋づる式に知恵を取り出す演者を見るとすかさず私淑する.クイズ番組で,早押しで押し勝っておきながら「たまたま知ってました~」と頭をかくタレントよりも,「なぜそんなマニアックなことを覚えていたのか」を理路整然と説明できる東大王のほうがかっこいいと思っている.
最後のはちょっと違うか.いや,違わない.「ただ知っている」よりも,「理路がつながっているからわかる」のほうにあこがれる,同じ評価軸の話だ.
そんな私だから.
知識をナラティブに埋め込んで語ってくれる「通読型」の教科書が好きでしかたがない,これは今までもくり返し語ってきたことである.
本連載『勝手に索引!』は,私にとって,「知識を連鎖的に蒐集する欲」を存分に満たせる最高の場所だ.自分の専門である病理学から遠く離れたところにある精神科や麻酔科の本すら楽しく読み,あろうことか自己流の索引まで作ってきた.これもひとえに,必要な知識が辞書的に網羅されている本よりも,現場の知恵を物語として語る本のほうが,単純に私の好みに合致していたからである.
と,まるで最終回のような書き出しをしてしまったが(もうちょっとだけ続きます),今日の本,『誰も教えてくれなかった皮疹の診かた・考えかた』は,これまでのお題本のなかでも一二を争うくらい,しみじみ良かった.
何がそんなに良かったのか.
ふっつうーに(※普通に),実践レベルでめちゃくちゃ役に立つ本だったのである.仮にも医師20年目の現役病理医が,研修医でも読めるレベル設定の本で,ここまで勉強できるとは!
もちろん,今まで詳解してきた本も全部すごい本ばかりなのだけれど,今回のは純粋に,「私にベストマッチ」であった.今日の原稿はテンション高いぞ.
さあ,今回の「勝手に索引」を見ていただこう.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.Webでは索引の完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.
なお,最初にお断りしておくと今回の「勝手に索引」は項目がやや少なめである.本書はこまかな専門用語を羅列することなく,代わりに皮膚写真と「理解を深めるためのシェーマ」が豊富に掲載されていて,ビジュアルの力が強い.その分,文字数や単語数はさほど多くない.極めて通読向きの本と言える.しかしそんな本であっても「勝手に索引の流儀」を実行すると,なかなかおもしろい項目が抽出できる.たとえばこのへん.
いいよいいよー.「なぜ似ているのでしょうか」にぐっとくる.あなたもピンと来ただろう.来ていない? できればついてきてほしい,「なぜ似ているのでしょうか」を扱う教科書ってのは貴重なのです.
なぜ貴重かというと,「似ている」こそは臨床のテクスチャを走査する上でのキー概念だからだ.似ているから診断に迷い,似ているから誤診する.すべてがきれいに切り分けられれば苦労はない.測定済みの数値,解明済みの物性,確立したエビデンスを詳解する専門書も大事だけれど,結局医者は日常で,「似ているもの」のなかで右往左往する.
そういえば,「似ているもの」についての記載がある雑誌の特集はよく売れていると思う.最近,模倣とかミミックといった単語が症例報告でも頻繁に使われるようになった.わかる,やっぱ,そこ読みたいもんな.そして,「似ているもの」をただ列挙してもらうだけでも診療の役に立つが(奇書『Kunimatsu’s Lists』1)を読め),そこに「なぜ」が掛け合わされたとき,私は「いい記事だなあ!」と感じる.どれが似ているか,ではなく,どのように似ているか,でもなく,なぜ似るのか.仮説がきちんと形成された文章に強い知性を感じる.
「似ている」というのは主観的な評価だ.病気どうしは似ようと思って似ているわけではない.「たまたま形態が似ている」こともいっぱいある.理屈がないままに似てしまっていることもあり得る.しかし,一見するとまるで違う病気どうしが,裏に共通の病態生理学や症候学を隠し持っていて,そのせいで「似るべくして似ている」ときも確かにある.理由のある類似性を指摘するということ.それが,「なぜ似ているのでしょうか」という文章ににじみ出る.以上を踏まえて,先ほどの一文を,もう一度読んでみてほしい.
ああーいい.こういう本ばかり読んでいたい.
◆ ◆ ◆
次に行こう.実務的にふつうに役に立つのはこういうところだ.あなたが皮膚科に一切興味がなく,一般外科医や精神科医,産科医として働くつもりでも,この項目は避けて通れまい.「薬疹」である.
薬疹ってほんと何科でも関係なく見るからね.皮膚科コンサルトの一番多いパターンって病棟での薬疹疑いじゃないかな? 患者の目の前で皮膚を見なければならないシチュエーションで,「皮膚はわかんない」とはなかなか言えないあなたは,本書を買って読む動機が十分にある.重症薬疹の定義を頭に叩き込もう.
あと,こういうのも好き.「診かた」や「考えかた」の先に,「実践のしかた」,「患者に対する向き合いかた」,「説明のしかた」がきちんと書いてある本.きっと多くの医者が救われることだろう.病理医である私が個人的に唸ったのは,「せっかく医師を変えたにもかかわらず,処方されたのが前医と同じ薬であれば,薬を塗る気も高まらないでしょう」のところ.いわゆるアドヒアランスの話なのだけれど,このくだりがどこに出てくるかというと,「ステロイドと抗真菌剤のどちらを先に塗るか」の流れで出てくるのだ.いいセンスだなあ.
「皮疹が湿疹なのか白癬なのかわからないとき,治療薬はステロイドを選択してください」はちょっと意外であった.「えっ,感染の可能性があるのにステロイド使うの?」と,臨床を知らない病理医は(著者の思惑通りに,まんまと)食いついた.このあたりの記載,皮膚科医やベテランの内科医であれば当たり前なのかもしれないが,皮膚の治療から遠いところにいる私は専門医でありながら膝を打ち,「そういう話を学生時代にもっと教えてくれりゃいいのにさ」と少し口をとんがらせたのである.研修医の皆さんはどうだろう? ……まあいいや,今回の本は普通に私のためになる.
本書は基本的におだやかでわかりやすい,初学者向けの語り口だ.ただし,ときにハッとするような文章もねじこまれているので油断ならない.
「直観的に帯状疱疹だとわかると思いますが,それでは診断力を鍛えることはできません」.おおいい文章だなあ.こういう指導をするのもアリだなあ.いつしか私は本書を通じて,「病理学でもこの本と同じような指導ができないだろうか」という命題に向き合っている.あー読んでよかった.でもこれ病理医と皮膚科医くらいにしか刺さらないかもな……なんて余計な気を回しながらちょろちょろとググってみたらベストセラーでやんの.なんだ,普通にみんな,読んでんじゃん.