瀬良 誠/編著
■定価8,800円(本体8,000円+税) ■B5判 ■270頁 ■中外医学社
「医療が進歩すると何が変わるか」を真剣に考えてみよう.
医療の三本柱と言えば ① 治療,② 診断,③ 維持である1).① 治療が進歩すれば,コントロールできる病態が増えるだろう.② 診断が進歩すれば,より患者の病態を的確に言いあらわせるし,予後や治療効果の予測精度も高くなるだろう.③ 維持管理が進歩すれば,病院の内外において患者の生活がそれだけ快適となるだろう.
これらの進歩は決して後戻りすることはない.10年前とはまるで別モノだ.この連載で取り上げた『Dr.竜馬のやさしくわかる集中治療』2)が,たった4年で改訂されたのはなぜだと思う? めちゃくちゃ売れたから? いや,ま,そうなんだけど,集中治療学が非常に短い時間でどんどん変化するからだ.改訂1回で50ページ増量するってハンパねぇ.
逆に,「ずっと変わらないもの」はあるだろうか.熱力学的にも哲学的にもそんなものはないはずだけど,よく探すと,ひとつ思い付く.
それは他でもない,医者と患者の思惑と情報が交錯する,「診察室」という舞台だ.
5G回線配備が着々と進み,老若男女がオンラインのやりとりに慣れ親しむ昨今,患者は相変わらず診察室で医師の診察を受けている.10年前と変わらない.さすがの医療の進歩も,「医師と患者が直接会うこと」は省略できない.
なにせ,生身の患者と医師が触れあうと,情報量が格段に増えるのだから仕方がない.患者が入ってきた瞬間の空気で感じ取る疾病の予感.タイムラグを気にしなくてよいオフラインの会話があぶり出す病歴の違和感.診察時に手先から伝わってくる,何かが起こっているという肌感.考えながら触ることでしか助けられない急患.医療が先端でどれだけ進歩しようとも,コアは診察室の中に留まっている.
ただし.
今どきのオーベンはみな,こぞって「超音波プローブを握れ」と研修医達に声をかける.診察室で患者に触れること自体は変わらないが,その「触れ方」は進歩したのだ.
本日のお題本は救急POCUS(Point-of-care ultrasound).テクニック・ノウハウが満載の良書.さっそく「勝手に索引」を見ていただこう.本稿では,索引の一部を抜き出しながら解説する.Webでは索引の完全版を公開.QRコードからぜひアクセスしてみてほしい.
テクニック・ノウハウが満載,と紹介したばかりだが,本書には「エコーの当て方・見方」ばかりが書いてあるわけではない.「救急診療全般に活かせる,強い経験則」が本書の見どころである.エコーはあくまで「切り口」.エコーをいつ使えば効果的か,エコー情報を何と合わせて判断すると便利なのか.
ところで,「強い経験則」に限らず医療系の教えというものは得てして,内容以上に「誰が言うか」によって聞こえ方が変わってくるものである.
「心収縮・心嚢液貯留,右心室拡大(D-Shape)をパパパッと見て,ついでにIVCも見る癖を絶対つけたほうがいいです」は,林寛之先生の担当する章に出てくる一文である.本誌を読む皆さんのなかには,数々の動画コンテンツで林先生を日常的にご覧になっている方も多かろう.もしそうなら,「Chapter 2:E-FAST+蘇生(エコー)」は,林先生の顔と声で脳内再生されるのではないかと思う.
この再現性の高さ,おそらく理由がある.
上記の一文は,通常の医学書ではあまり見ない構造をしている.「パパパッと」のような口語体が残っているのもそうだが,何より,「絶対」の位置は普通の医学書ならば校正で直されるだろう(文章の終わりに動かされるか,削除される).しかし,本書では意図的に「林先生がしゃべったときのまま」になっている.林先生の会話のリズムを崩さないようにしているのだ.
本書は福井県で毎年開催されているセミナーが元になっている.人気講師たちの講演を書籍化するにあたって,編集部はおそらく,しゃべりの雰囲気を壊さないことにかなり気を遣っている.林先生のChapterでは林先生がしゃべっているし,瀬良誠先生のChapterでは瀬良先生がしゃべっている.狙いは見事に功を奏している.
この辺なんか,まさにそうだ.
「高齢者の腹痛ではどんな患者さんでもとにかく腹部大動脈だけは確認して,AAAを除外してね」.たちどころに,瀬良先生の声が脳内に響き渡る.本書の執筆陣である13人の医師たち,「#救急殿の13人」を,いつでも脳内に招集できる.いい作りだ.“通読系”の教科書の,ひとつの完成形ではないか.
扱う項目の幅広さについても一言.「救急現場で心がざわつく瞬間」が豊富に取り上げられているのがいい.たとえばこのあたり.
私は恥ずかしながら「小児救急でエコー」という連想自体をあまりしていなかったので,本文を読んでなるほどなあと唸った.整形領域のエコー,実にホットだし,使えたら便利だろうなあと思う.「脳神経外科医が心エコーをせずに心タンポナーデを見逃したとして訴えられた」みたいな冷や汗エピソードもあってエグい.
蘇生三連発.エコーがうまくなるためにエコーをするのではなく,患者を生かすための手段のひとつにエコーがあるに過ぎないという優先順位が見てとれる.
ならばわざわざエコーの本じゃなくて,救急マニュアルを読めばいいじゃないか,と思う人もいるだろうか? でも,マニュアルって通読できないじゃん.通読できないと全貌をいつまで経っても把握できないじゃん.
医学はそのままでは情報が多すぎる,強力な発光体みたいなものだ.まともに直視したら目が焼ける.そこで,書籍という名のプリズムを通して,情報を分光して扱いやすい要素にわける.『Dr.竜馬のやさしくわかる集中治療』2)のスペクトルと,『腹痛の「なぜ?」がわかる本』3)のスペクトルと,『Dr.岩倉の心エコー塾』4)のスペクトルと,『実況!救急POCUS白熱セミナー』のスペクトルは,同じ疾病を扱っていてもすべて微妙に異なっている.
この連載で,いったい何度,虫垂炎がらみの項目をマーカーでチェックしてきたことだろうか.教科書ごとに,すべて微妙に「色味」が異なっていた.虫垂炎だけではない,心不全,大動脈解離,ショック,異所性妊娠…….さまざまな疾病が書籍ごとに分光され,私はそれらを何度も何度も索引にしてきた.
そして,私は今,これまでの連載で作ってきた索引を,全部統合してみたらどうなるかな,と考えている.虫垂炎が教科書ごとにどのように書かれていたかをまとめてチェックするのはおもしろそうだ.今まで分光してきた医学を合わせて,元の強い白色光にする.「作った索引全部足す(池の水全部抜く,のテンションで読む)」.
まあ,ただ足してもだめだ,それはなんか,「単なるどでかいエクセルファイルができるだけ」で終わる.だから,ちょっとだけ工夫をする.できれば単なる遊びではなく,読者の役に立つように.その工夫には時間と手間がかかるから,来月と再来月,誌面をたっぷり使って解説してみよう.
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ところで,すべての光を足す前に.
「Morrison窩を見たあとのプローブの動かし方について触れている本」を読んだのは初めての経験だ.分光,と書くとあたかも「要素を減じている」かのように感じるかもしれないが,実際には,光量が強すぎて「白飛び」してしまっていた細部の情報を解像度高く描出することができる.
POCUSの本には,POCUSの本でなければ映し出せない情景がある.
“通読型”の書籍は,“網羅型”の書籍の単なる「ダイジェスト切り取り動画」ではない.分光した成分を足し合わせることで色彩は消えてしまうことだってある.そのことを自覚しておかないといけない.せっかくマークした色とりどりの「細部」を失わないように気を付けながら,索引でもう一遊びしてみよう.