プライマリ・ケアのためのエビデンスと経験に基づいた女性診療
中山明子,西村真紀/編集
■定価 3,850円(本体 3,500円+税 10%) ■B5判 ■275頁 ■南山堂
今回のお題本は『お母さんを診よう』である.プライマリ・ケア医が,妊婦さん,授乳婦さん,そしてこれからお母さんになる(かもしれない)すべての女性,すなわち「広義のお母さん」を診るにあたって必要な知識と知恵を丹念に紡いだ名著だ.読者対象が「プライマリ・ケア医」であるということにご注目いただきたい.サブタイトルは「プライマリ・ケアのためのエビデンスと経験に基づいた女性診療」.産婦人科の研修中に使うであろう「産婦人科用マニュアル」とは趣が異なる.
一読した印象は,「おそらくこの本を必要としている人はメッタクソに多いだろう」ということ. 誰しも経験があるだろう,妊娠中・授乳中の患者が一般外来に来たときの独特の緊張感.「お母さん」がすべて産婦人科でカバーされているわけではない.学生の頃から幾度となく聞いてきた「女性を見たら妊娠を思え」はいいとして,では,思ったらその先どうするのかを,きちんとシミュレーションできているか,という話だ.
もちろん,妊婦が普通に体調を崩して普通に一般外来を訪れることはある(妊婦だって風邪くらいひくし,食あたりにもなる).HPVワクチンや風疹ワクチンなどの接種相談に来る女性もいる.他病での診療中に,月経をはじめとする女性特有のトラブルが後景から飛び出してくることも多い.妊婦における血圧のコントロールや薬剤使用時の注意点なども含めて,「言われてみれば……」系ソワソワポイントが,この領域にはとても多い.どう考えても早めに読んでおきたい本だ.
さあ,今回の「勝手に索引」を見ていただこう.いつものように,Webでは完全版を公開.本稿では,一部を抜き出して説明する.今さらだけど今回の索引はもはや「やりすぎ」感があり,我ながら誇らしい(?).スーさん(編集者・あだ名)はきっと索引作成の前後で体重減少したと思う.
当然のように目に付くのは「にんしん」の項目.多い.幅広い.コモンプロブレムが豊富.便秘,浮腫,痔核…….
そもそも皆さんは,「妊婦の便秘」についてまとまった本を読んだことがどれだけあるだろうか.どんな医者でも経験するはずだが,どこに書いてあるのかイマイチわかりづらい項目だ.実戦,現場,外来のナラティブ.薬を1つ出すたびに,禁忌が気になってしょうがない. さらに,コモンプロブレムだけではない.
「妊娠関連の超緊急疾患は,緊急度合いの桁が違う」.頭ではわかっているけれど,あらためて読むとぞわっとするフレーズだ.救急・ER系の本をどれだけ読んでも「妊婦だったら」の項目はほんのちょっとしか書かれていないことも多い.果たして何割の研修医が,「お母さん」を診ることに日常的に備えているだろう.
研修医向けの書籍紹介となると,ついこうして「すぐにでも読んで欲しい項目」ばかりをピックアップしたくなるのだけれど,それだけでは書籍の多相性は見えてこない.もっと深く潜ろう.もっと細やかに探ろう.
すると,こういう一文に目が留まる.
このあたり,「いぶし銀」である.いい……実にいい.
と,一人で感動していてもしょうがないので,本文を引用しながら簡単に補足しておく.妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群は(出産後の)疾病発症リスクとなるため,本来は産後も継続してフォローアップが望ましい.しかし,産科医から内科に引き継いだあとの受診でいったん血糖値や血圧が安定していると,そこでフォローが途切れてしまうことが多い.だから著者は言うのだ,「プライマリ・ケアの外来はフォローアップが途切れた女性をサルベージする機会」であると.な,な,なるほどなあ……! 本書は単なる知識の羅列ではない,「熱心な指導医」の雰囲気を帯びている.医を学ぶ醍醐味がある.
記事の多彩さにも驚いて欲しい.次の索引④などはいい例だろう.性病あり,近親者からの暴力(intimate partner violence:IPV)あり,「産み方」あり,性教育あり,若年妊娠に対する社会的支援あり,調乳のコツまで…….
「お母さんを診る」ってこんなに幅広いのか……と,ため息が出る.
実践的な項目の中に敢然と光る,「地域のプライマリ・ケア医,救急医に『妊婦は診ない』といわれてしまうと,今後日本の周産期医療は立ちゆかない」の一文.うーん全くその通りだ.産婦人科にまかせてOK,と放っておける話ではない.
このあたりなど,項目を眺めていて,あなたは,キュンとこないだろうか.こない? くる? くる? くるでしょう.くるだろうと思ったよ.「夫も仕事で忙しいので……」「お腹が痛いので赤ちゃんに影響しないか心配で……」.これらが本書の中に出てくる意図は,別に「読者にあるあるとうなずいてほしいから」ではない.ならばどうしてこれらのセリフが文中に登場するのか,本書をお持ちの方は実際に該当ページを見ていただきたい.そうか,外来で患者と対話するにあたっては,そのような解釈が可能なのかと,「経験知」が胸を打つだろう.
* * *
本書を読んでいると,だんだん,外来のことを思い浮かべるようになる.実際に自分が「お母さん」たちを相手にしてさまざまな対話をしているシーンが脳内再生される.あるいは本書は,外来技術を磨くための本なのかもしれない,と感じる.
話がちょっとずれるけれど,昔,「それにつけてもオヤツはカール」というキャッチコピーがあった.では,「それにつけても内科は○○」の空欄に当てはまる言葉って何かなあ,と考えてみる.エビデンス,処置,手技,疫学…….いろいろ候補はあるだろうが,私なりにしっくりくるフレーズは,「それにつけても内科は外来」なのである.結局のところ,どれほど優秀な医師であろうと,患者の話を聞いて視野を共有し二人三脚を進める「外来技術」がないと,なんか,ぜんぶ,台無しだよな……と思う.
では,「外来」のノウハウを直接学べる本があるのかというと,そういうのは思った以上に少ない.というか,そもそも外来とは,「ノウハウ」だけで乗り切るものではない.ここのところはまだ私の中で言語化し切れていないのだけれど,外来がうまい医者には,医学の知識と確かな医術,そしてコミュニケーションスキルに加えて,さらに,「質の高い思索を数多くこなした経験」みたいなものが備わっているように思う.ノウハウだけではどうにもならないのだ,たぶん.
なんだよ,結局は経験なのかよ,と鼻白んでしまう人がいたら申し訳ないけれど,私は何も,経験が「勤務年数」と比例するなんて言っていない.「ベテランならうまい」というものではないと思う.横軸に「時間」を,縦軸に「経験値」を当てたとして,グラフがy=axの直線になるとは私には思えない.ここで言う経験というのは,場数や体験時間だけで決まるパラメータではなく,なんらかの衝撃や衝突が加わることによって,ドカンドカン変形・屈曲して非線形に昇り上がっていくものだと思っている.時間に物を言わせて累積した澱のような知識なんぞ,所詮は加齢と共に弱っていくシナプスのダメージと打ち消し合ってしまう.私は臨床知というのはもう少し偉大だと信じていて,要は,「ただ時間をかけりゃいいってもんじゃない,独特の経験が必要」だと考えている.
これだけ多くの医学書が世に溢れ,動画教材も長足の進歩を遂げている今,こと「外来」に関しては,センパイの仕事っぷりを1〜2年後ろで見学しただけであとは現場に放り出されて自前でやりくりしている研修医たちの,何と多いことか.そういう人たちに,「どうしたら外来でうまくやれますか」と尋ねられたとき,「情念の濃い本とちゃんと衝突してみるのは1つの手だよ」と答えている.
「ちゃんとぶつかった先達」の書いたものは,濃い!そういう濃い本ときちんと衝突しながら,ガンガン非線形に突き進んでいく.そうすれば,若かろうが,まだ時間をかけていなかろうが,医師の頭の中には確かにある種の「集合知」が形成されていくのではないかと思うのだ.