著/堀向健太,画/青鹿ユウ
■定価2,420円(本体2,200円+税) ■B5変形判 ■278頁 ■丸善出版
つい先日のこと.私が所属している非営利のボランティア団体,「SNS医療のカタチ」のイベントで,一般向けの講演を収録する機会があった.
そのとき,盟友・堀向健太から,ちょいと聞き捨てならぬ話を聞いたのである.
「小児アレルギーに悩む親御さんに向けて本を書いたら,それを読んだ専攻医たちが,勉強会をやってくれたんですよ~」
思わず堀向の顔を見る.「えっ,一般向けの医学書を題材にして,医者が勉強するってことですか?」
彼は,そうそうそうなの,とうれしそうに,勉強会の資料を見せてくれた.
資料の冒頭に「ほむほむ本」の文字が燦然と輝いており思わずニッコニコ.ちなみに「ほむほむ」というのは堀向健太先生のあだ名です.
この会,てっきり堀向自身が同僚や部下と一緒に立ち上げたのかと思いきや,そうではなく,なんと別の病院にいる医師たちが自主的にはじめた勉強会だという.驚きが増す.堀向が書いた一般向けの書籍とブログ記事を素材として,専門医取得前の若手医師,アレルギー診療の研鑽を積みたい医師,さらには実力・感覚を維持したい育休中の医師が,実践的な論文に触れるための勉強会.
えっ……それかなりガチじゃん……一般向け書籍でやれるもんなの?
しかし私は知っている.『ほむほむ先生の小児アレルギー教室』は,そのような専門的な使用にも十分耐えうる教科書だということを.
さあ,今回の「勝手に索引」をご覧いただこう.リンク先で全部見られるぞ.
索引をざっと眺めてすぐにわかることは,「言葉使いこそ一般向けだが,内容のガチ感が半端ない」ということである.
たとえばアトピー性皮膚炎の項目を見てほしい.アトピー性皮膚炎に悩む当事者たちが直面するナラティブが,明らかに医師向けの専門情報と普通に同居している.索引のどこを見てもそうなのだ(実際に見てみてほしい).
堀向は「患者とその家族が悩んだときに使って欲しい情報」を丁寧に置いている.このとき,「難しいことは書かない」という手段を選ばない.難しいことも必要ならばちゃんと書く.では,どうやって書くのか? 丹念に,時間をかけて,順序立てて,エビデンスに基づいて書く.王道といえば王道だ,しかし,実際に医学書を書いてみればわかるが,この王道が一番難しい.膨大な手間と文献が必要になるからだ.
ちなみに本書は2420円と医学書にしては破格の安さである.もちろん「一般に売るため」に価格を絞りに絞った営業努力は見逃せない.しかし,これほど情報量が多い書籍が2000円ちょっとで買えるというのは信じられないことだ.
構成として,アレルギー全体を扱った講義形式のお話しが6つ載っており(イントロダクション),そこから怒濤の「質問回答コーナー」がはじまる.ツイッターで募集した質問を21個厳選し,それらに逐一参考文献を付けてものすごく丁寧に回答しており,これについて,「はじめに」に以下のように記載されている.
うーむすごいな.外来技術みたいだ.
実際に取り上げられた質問は,たとえば以下のような感じである.
うわあー! レベルの高さにぎょっとする.アレルギーを心配する親の質問は,このレベルの専門性を纏うのか.
この質問に対して堀向は,6本の英文論文,1本の和文論文(※自著),薬剤情報に関するURLひとつ,鼻アレルギー診療ガイドライン2020年版と,なんと9本もの参考資料を基に,7ページにもわたる緻密な回答を試みる.
ため息が出るほど手が込んでいる.
これが21回くり返される.
それが2000円ちょっとで買えるのだ.デフレ対策は急務である.
本書には2021年1月までの時点での最新論文が200本近く引用されている.とは言え,堀向自身が指摘しているように,医学のアップデートの勢いはものすごいので,現時点ですこしだけ古くなっている記載もわずかに含まれる.
たとえば,本書52ページで,PDE4阻害薬は「2020年12月現在未承認」と記載されている.しかし,本書の発売から8カ月後の2021年9月に,PDE4阻害薬は本邦でも承認された.
では,この本は古いのか?
私はそうは思わない.一向に色あせないと思う.アップデートが当たり前の医療界で,「古典から直近のエビデンスまでを網羅して先に進むための知識」が満載だからだ.
そもそも堀向は,自身のブログで常に論文の抄読とアップデートをくり返しているので,どのような論文が「今だけの輝き」で,どういった論文が「押さえておくと長きに亘って役に立つ」かが肌感覚でわかっているのだろう.アレルギー診療の根拠を歴史とともに理解するにあたって重要な,時代の選択に耐えた論文(いわゆる「古典」)が的確に選ばれている.
本書の読書経験は,たとえ小児科医にならないとしても役に立つだろう.なるほど,こうやって論文を引用すれば我々医師は戦い続けられるのかという,無形のセンスのようなものが,本書にはちりばめられているからだ.