編著/香坂 俊,イラスト/龍華朱音
■定価3,850円(本体3,500円+税) ■A5判 ■288頁 ■丸善出版
旧知の医者や医書編集者と話をすると,しばしば,「最近の医者があまり本を読まないこと」に対する嘆き節が聞こえる.しかし「読まない医者」もさることながら,よりタチが悪いのは,「昔読んだ本で満足してしまっている医者」ではなかろうか.
医局を歩いているときに,ふと,何年前のものかわからないほど黄ばんだイヤーノートと薬屋からもらったのであろう旧版のガイドラインだけが斜めに置かれた誰かの本棚を目にすると,根源的な恐怖を覚える.まさか……最後に本を買ったのが学生時代だなんてこと…….いや待てよ,新しい本は自宅にあるのかも.あるいは電子書籍でiPadの中にあるのかも.医局はあくまで倉庫として使っているだけだよね?
めったにいないと信じているが,どこかの時点でアップデートを諦めてしまった医者なんて,実家の物置に眠っているWindows Meと同じだ.今さらホコリを払ってネットワークに接続したところで,ウイルスバスターの更新が終わる前にメモリがハングアップしてフリーズするのがオチである.
医学が陣地を広げていく際のフロントラインはいつも複雑に入り組んでいて,ベッドサイドの実践という窓ひとつだけでは,到底見渡せるものではない.一生臨床,一生研究,どちらも大変結構なことだが,一生読書の心構えも忘れてはならないと私は思う.本を読まずに医療をアップデートするなんてそうとう厳しい,ていうか,無理なんじゃないかなあ.
閑話休題,今回のお題本は『極論で語る循環器内科 第3版』.丸善出版の誇る極論シリーズの本丸である.「勝手に索引」はリンク先で全部見られるので,ぜひ「ベストセラーの迫力」を体感してほしい.
本書には循環器内科を志す初学者にとって必須の項目が,適度な分量で網羅されている.気軽に寝転んででも読めるリーダビリティといい,業界の勘所を押さえた俯瞰性といい,今までさまざまなアクの強い医書を読んできた私からすると,「極めてはいるが,極端ではないなあ」というのが正直なところであった.不整脈,ACSはもちろん,「循内の醍醐味」である心カテ/PCIについての豊富な記載といい,急性心不全のマネジメント,感染性心内膜炎(IE)のtipsといい,うん,やっぱり,本論を語っている本だ.
ただし,索引を作りながら読み込んでいくと,密かに練り込まれた「極み」の部分も浮かび上がってくる.特に,第3版の特徴として,これまでの初版・第2版にはなかった,「循環器内科医がイキりがちな部分に対してわずかに抑制するような筆致」は見逃せない.たとえばこのあたり.
「TAVIは循環器内科の医療をより倫理的に考えさせるきっかけになっている」.
この文章,さりげないが,多くの循環器内科医がここ数年ほど興奮と共に語った「宝刀」であるTAVI (Transcatheter Aortic Valve Implantation)を語るにしては,かなり慎重だなあと感じた.要は,「なんでもかんでもTAVIやるんじゃなくて,費用対効果なども踏まえて適応を絞り込めよ」と言っているのである.私はここでおお……と声が漏れた.循内最高カテ最高,イケイケドンドンじゃない循環器内科医の文章を,久々に読んだ気がしたのである(それこそ極論であるが).
TAVIを今どきの医学生や研修医が知らないことはないと思うけれど,ベテランドクターの中にはあまり興味を払っていない方もいるだろう.試しにネットで検索してみるとよい.全国津々浦々の超絶ハイパーな病院が,TAVIの素晴らしさを美麗なホームページで喧伝している.しかし,本書では,そんなTAVIを一緒になって担ぎ上げるのではなしに,「ちょっと冷静にね.よく考えて使うようにね」と,興奮した鍋の中に差し水をするように熱量をふっと抑えるような書き方をする.
その目で見ると本書には,ほかにも,あくまで慎重な内科医たるべし,と深呼吸をさせるようなくだりが登場する.「『何がなんでも急いでカテ』のリスク」にもドキリとさせられる循環器内科医は多いのではないか.もっとも,その次のページには「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という言葉も出てくるあたり,ニュアンスが濃い.「あわい」の判断が必要だなということを何重にも考えさせられる.
もっとも,私にとって印象的であった「急進的な循環器内科医を本道に引き戻すattitude」だけが本書の見どころというわけではもちろんない.旧習的な処方の数々を,臨床試験の結果を基に見直すくだりは,「本道を丁寧に舗装する」ような安心感である.医の本道たる内科医の心得を,エビデンスとナラティブの両面から組み上げていく良著と言えよう.
一方で,「おっ」と気を惹かれるこのような一文にも注目である.
本邦では使いすぎのきらいがあるCa拮抗薬の,陰性変時作用と陰性変力作用を甘く見ないほうがいい,という意図で現れる「『じゃあワソラン・ワンショットで』と気楽にやっていると,いつか痛い目にあう」にゾッとする.ずいぶん昔に習ったままの処方を今も疑わずにクリックし続けている医者は,今一度心を入れ替えて,本書を隅々まで読み通すべきではないか.もちろん自戒を込めて言う,私たちは,何も読まずにいるとあっという間に中道を見失い,アップデート待ちのプログラムが渋滞し,CPUが異常音を立てて,押し入れの中にしまわれてしまう.