経口血糖降下薬の1つに,ブドウ糖吸収を抑制するαグルコシダーゼ阻害薬(商品名:セイブル®,ベイスン®,グルコバイ®等)と呼ばれる薬品があります.糖質が吸収されるためにはデンプンのような多糖類から消化酵素の作用を得て二糖類(麦芽糖やショ糖),単糖類(ブドウ糖や果糖)に分解される必要がありますが,二糖類から単糖類へ分解するのがαグルコシダーゼという酵素です.αグルコシダーゼ阻害薬を食事の直前に摂取することで,この酵素の働きを抑え,単糖類の消化吸収が緩やかになり,血糖値の食後のピークを減少させます.このαグルコシダーゼ阻害薬には,腹満感という副作用があり,単糖類に分解されなかった糖質が,腸内細菌によって分解され,腸管のなかで多くの気体が発生するためといわれています.
STOP-NIDDM trial という有名な糖尿病の研究があります1,2).これらは,αグルコシダーゼ阻害薬のアカルボース(商品名:グルコバイ®)を使った前向きの臨床研究で,2型糖尿病患者の血管内膜-中膜壁肥厚(IMT)の進展抑制効果を検討したものです.以前より,αグルコシダーゼ阻害薬を使っている患者さんには,心血管系病変の合併が少ないことが経験的にいわれていましたが,この研究で,試験終了時までの平均IMT の増加は,アカルボース群で有意に少ないことが証明されました.
メカニズムについては不明で,食後高血糖の抑制が血管保護効果をもたらすことが推測されていました.しかし,実は他の経口血糖降下薬で同じように血糖をコントロールしても,αグルコシダーゼ阻害薬ほどの心血管病変の抑制はみられませんでした.これは長年,謎とされていたのですが,最近,αグルコシダーゼ阻害薬を使った患者さんで,呼気中の水素濃度が増えていることがわかりました3).先に述べたように,αグルコシダーゼ阻害薬によって分解されなかった多糖類は,腸内細菌によって分解されますが,その際に,腸管のなかで大量の水素が発生するのです.水素には血管内膜の肥厚を抑制する効果があり4),これがこの効果に関係するのではないか,と推測することができます.
もちろん,この水素の増加と,心血管病変への効果について,確固たる証拠があるわけではなく,これからの検討が必要だと思います.ですが,生体内での水素濃度増加が,さまざまな病態に有効であることは最近の研究でわかっており,スポーツジムなどに設置してある水素水も,実は薬理学的効果は多く証明されているのです.αグルコシダーゼ阻害薬を内服している患者さんに,おならがよく出るようになった,おなかが張るようになった,と不服を言われることがあります.私は,そのおならが命を救っているかもしれないんですよ,と説明するようにしています.