喫煙が健康に害になるというのは,いまや議論の余地もないでしょう.喫煙者は昨今非常に肩身が狭くなっていて,喫煙する場所をみつけるのにも苦労しているようです.ところが,多くの疫学調査により,喫煙によりParkinson病など神経変性疾患の症状が改善したり,発生率が減少したりすることが報告されているのです1,2).これは喫煙者にとっては朗報ですが,なぜこのようなことが起きるのでしょう.
まず,タバコの煙にはどんなものが含まれているのでしょう.タバコの煙には,わかっているもので,約4,000種類の化合物が存在するといわれています.有名なものにはニコチンがありますが,このほかにタバコ煙中に比較的多量に存在して生物学的活性の高いものとして一酸化炭素(CO)があります.禁煙外来で呼気中のCOを測定することで,喫煙の客観的な指標になることはご存知のとおりです.
COは,火事による死因や排気ガスによる自殺目的で使われる有名な毒ガスですが,一方で,COは微量では生体にとって保護的に働くことがわかっています.実際に動物に治療濃度(喫煙と同程度)のCOを吸入させると,抗炎症作用,抗酸化ストレス作用を発揮し,さまざまな疾患の病状が軽減することが示されました3).今,世界でCOを使った治療の臨床試験がはじまっています.
COは,ヘモグロビンの分解によるヘムを代謝するときにビリルビンと同時に産生され,生体のさまざまな生理機能のシグナル分子として重要な役割を果たしているのです.体内でつくられる微量のガスとして一酸化窒素(NO)が有名ですが,COもNOと同様にシグナルガス分子と呼ばれ,特に神経系においてその役割は甚大です.血液ガスの項目で,COヘモグロビン(COHb)の濃度に注目したことがありますか? 喫煙者で高めに出ることは当然ですが,健康な非喫煙者でも1〜2%のCOHbが存在します.これは,COが私たちの体内で恒常的につくられていることを示しています.
喫煙が神経疾患に及ぼす影響については,まだ確固たる結論は出ていません.ニコチンがドパミン神経を賦活化する作用をもつことも関係するかもしれませんが,私は,COの影響も無視できないのではないかと考えています.それを探求するのが医学研究であり,将来の先生たちの大切な役割です.