虫垂はそれ自体生理機能がなく,退化した痕跡の臓器といわれてきました.外科医はかつて虫垂を切除することにあまり抵抗を感じずに,開腹したついでに虫垂炎の予防のためといって異常のない虫垂を切除した例もあったそうです.ところが,最近,この虫垂の働きが意外にもとても重要であることがわかってきました.
抗菌薬で正常な腸内細菌叢が破壊され,かわりにクロストリジウムなどの毒性が高い細菌が増殖する偽膜性腸炎については第9回(「他人の便で治療?」)で触れましたが,虫垂を切除した患者さんには,この偽膜性腸炎の頻度が,切除していない患者さんに比べて高いという報告があります.この事実から,虫垂が善玉の腸内細菌の住処になっていて,虫垂は腸内細菌のバランスが崩れたときに,正常腸内細菌嚢に戻すリザーバーの役目をしていると考えられました1).大阪大学の研究チームは,マウスに虫垂切除を行うことにより大腸の腸内細菌叢のバランスが崩れることを明らかにしました.同時に,腸内細菌叢を維持し腸管免疫で重要な働きを担うIgAという抗体について調べてみると,虫垂がないマウスでは大腸のIgAが減少したことから,虫垂にあるリンパ組織が大腸に動員されるIgA陽性細胞を産生する場であることがわかりました2).
一方で,虫垂切除を行った後に潰瘍性大腸炎が改善した患者さんの報告があり3),虫垂は潰瘍性大腸炎の元凶で,虫垂では悪玉の細菌が育つのだという相反する意見もあります4).CD4/CD69という表面抗原をもつリンパ球は,活性化することで免疫担当細胞間の反応亢進による炎症の悪循環を惹起し,潰瘍性大腸炎を悪化させるのですが,潰瘍性大腸炎の患者さんの虫垂にはこの種類のリンパ球が多いことがわかっています.
ただし,実際の臨床では虫垂切除と偽膜性腸炎は関係なかったという報告もあり,虫垂の善悪についてはいまだ決着はみていないことを付け加えておきます5).
それにしても,最も基本的な外科手術である虫垂切除術は,これまでの医学の歴史のなかで膨大な数が行われていたはずです.その虫垂の役割が,ようやく今になって解明されはじめていることに,医学の深さと驚きを感じますね.