夏になると怪談をよく耳にするようになります.なかでも「四谷怪談」は有名で,男女関係のもつれから,薬と偽って毒をもられたお岩さんが,容姿が醜く変貌してしまい,ショックのあまり死んでしまうお話です.このように容姿が変わってしまうような毒とは,一体なんだったのでしょう.現代医学ならお岩さんは助かっていたのでしょうか?
お岩さんがもられた毒はトリカブトであったといわれています.トリカブトの根っこの部分は「附子」(ぶす,ぶし)と呼ばれ,アコニチン系アルカロイドを含み,ナトリウムチャンネルを開放する働きがあるため,弱毒化したものは強心作用,鎮痛作用をもつ漢方薬として用いられてきました1).一方で,このアコニチン系アルカロイドは顔面の知覚異常や表情筋の運動異常を起こします.このように,トリカブトは適当な加工処理を行うことで,毒から薬になるわけですが,毒物としてのトリカブトの方が有名で,狩の際の矢毒に使われていたり,保険金殺人に使われたこともあります.
トリカブト中毒の典型的な症状は口唇の痺れと報告されており,嘔吐,呼吸困難,筋力低下をきたします.死因は不整脈,特に心室細動で,除細動に抵抗性を示し,治療に難渋することが多いといわれています.ナトリウムチャンネル遮断薬であるリドカインが使われることも多いですが,K/Ca/Naチャンネル遮断作用があるアミオダロンの方が有効といわれています.特異的な治療法も解毒剤もないのですが,胃洗浄,適宜,腸洗浄を追加し,活性炭を投与することが提唱されています2).実はトリカブト中毒は意外と多く,ヨモギやセリに似ているために,毎年各地で山菜と間違えた中毒事故が起きています.
お化け屋敷でみるお岩さんの容姿は,顔面が醜く変形して痣や腫瘍のようなできものがありますが,トリカブト自体にこの作用はなく,顔面神経麻痺の症状を誇張して表現された可能性があります.ちなみに,お岩さんは,お皿を数えるお菊さんとよく混同されますが,全く別のお話です.お菊さんは,お皿をわった罪をおしつけられ,井戸に投げ込まれた不幸な女性で,今話題の姫路城のなかにお菊井戸という井戸があり,ここからは「1枚,2枚」とお皿を数える声が夜な夜な聞こえるという言い伝えがあります.