先日,油井亀美也さんが国際宇宙ステーションに行かれましたよね.それにちなんで,今回は宇宙のお話をします.
酸素をはじめ,疾患を治療するために吸入させる気体のことをMedical Gasと呼び,近年活発に研究されるようになってきました.その代表は,ご存知の一酸化窒素(NO)であり,すでに吸入用のNOは,INOmaxとして1993年,米国食品医薬品局(FDA)に承認されています.現在,本邦ではNOは新生児の肺高血圧を伴う低酸素性呼吸不全に限って保険適応とされていて,今後肺移植など,適応が増えていく可能性もあります.
私はピッツバーグ大学で,NOだけでなく,一酸化炭素(CO)や水素(H2)についても研究し,治療効果があることを報告してきました.ある日,私のオフィスにアメリカ航空宇宙局(NASA)から手紙があり,「NASAが自分に何の用事だろう?」と思って手紙を読むと,私が研究していた気体を宇宙船の中の空気に使えないか,という話でした1,2).
宇宙船の搭乗員は地上に比べてかなり大きい線量を被曝します.宇宙放射線はその起源によって銀河宇宙線,太陽粒子線,捕捉粒子線の3種類に分類されますが,どれも非常に高エネルギーであり,多くの粒子種で構成されています.宇宙飛行士は,当然防御の工夫はされているにせよ,これらの宇宙放射線に被曝します.症状として問題になるのが,白内障,中枢神経障害,発癌などですが,宇宙飛行士に若者が少ないのはこういうリスクを考慮しているためという話もあります.NOやCO,H2は,治療濃度では放射線障害に有効であることがさまざまな実験で示されていて,宇宙船の中の空気にこれらのMedical Gasを混ぜることで放射線障害から宇宙飛行士を守ろうというアイデアです.
アメリカ合衆国は,火星への有人探査ミッションを計画していて,火星に到達するまでには8カ月かかるといわれています.宇宙空間では,重力が小さく,循環や運動機能,生理代謝が地上とは異なります.そのため,微小重力下では放射線の影響も異なる可能性があり,細胞の放射線損傷を修復させる機能が異なっている可能性も指摘されています.また,新鮮な食事も食べられず,隔絶された狭い空間で同じ景色を見て過ごすため,心理状態に及ぼす影響も大きいと思われます.このように,宇宙船の中は特殊な環境であり,まだまだ研究を積み重ねる必要はあります.
宇宙におけるMedical Gasの研究はまだ粛々と続いていて,将来宇宙船の中の宇宙飛行士は,特殊な組成の空気を吸うことになるかもしれません.自分のしていた研究が宇宙へつながるとは,何とも夢のある話だと思いませんか?