人間は眼球を左右もっていますが,外傷などで片方の眼球が損傷すると,3〜4週間後に残った対側に,国家試験で覚えたフォークト・小柳・原田病に似たぶどう膜炎の症状が現れることがあります.これは,交感性眼炎としてよく知られた病態で,一方の眼球が穿孔性外傷を受け,ぶどう膜が損傷することにより,ぶどう膜色素(メラノサイト)に対して自己免疫機能が働くためと考えられています1).
しかし,なぜ外傷でこのようなことが起きるのでしょうか?
私たちの免疫系は,生後まもなく構築されるわけですが,その過程で各器官が「自己」であることを免疫系にアピールすることで,寛容が誘導され,その器官は「異物」ではなく自らの免疫で攻撃しなくなることはご存知のとおりです.ところが,生体のなかには,バリアによって免疫系から認識されにくい器官があり,隔離抗原(sequestered antigen)と呼ばれています2).眼球には,血液房水関門があり,リンパ球などの免疫を担当する細胞が眼球内の抗原と接触しにくいため,ぶどう膜色素は「自己」として認識されにくくなります.よって,このバリアが壊れて,抗原が免疫系と接触したときに「異物」として認識され,攻撃されてしまうのです.
同様のことは,睾丸でも起こります.生後まもなくは精子はつくられておらず,以後精巣は血液精巣関門によって免疫系から隔離されてしまいます.つまり,精巣はバリアの向こう側で,生体にとっては「異物」のままで成人を迎えます.精巣の外傷などで免疫系と精巣が接触すると,寛容を受けていない精巣に対して免疫反応が起きて,精巣炎を誘発します.睾丸の怪我をすると男性不妊になる,といいますが,それはあながち嘘ではなく,交感性精巣炎として知られている病態なのです3).
最近の研究では別の学説も提唱されているようですが,病態を理解するには,隔離抗原の話はわかりやすいと思います.
残った方の眼や睾丸に炎症が起きるのは,2つ分の仕事をするための負荷がかかるのが理由ではないことがおわかりいただけましたか?
独眼竜正宗も,眼球を失くした後にぶどう膜炎を発症したかもしれません.現在であればステロイドの適応です.