口付け,いわゆるキスは欧米人に限らず,人類のほぼ90%にみられる行為といわれています.しかし,どうして人間はキスをするのか,この医学的意味についてはまだよくわかっていません. 最も古典的な説としては,鳥にみられるように食べ物を咀嚼して子どもに与えるという行為から派生し,文化として定着したといわれています.また,あまり気持ちのよい話ではないですが,唾液の交換を通じて相手の口腔内の味や臭いの状態を探ることにより,パートナーの健康状態を評価するための本能である,という説もあるようです1).
最近,女性のキスについては,思わぬ効能が報告されたので紹介したいと思います.皆さんよくご存知のKissing diseaseに関係したお話です2).
サイトメガロウイルス(CMV)はヘルペスウイルスの一種で,どこにでもいるありふれたウイルスです.ほとんどの場合,感染が起きても風邪症状でおさまるのが普通です.ところが,よく知られているように妊娠中に初感染し胎児に感染すると,難聴や脳障害などの重篤な症状を引き起こすことがあります.妊娠前にCMVに感染していれば,免疫を獲得することが多いため胎児に影響が出る可能性は0.5〜2.5%であるのに対し,妊娠初期にCMVの初感染が起こると胎児に影響が出る可能性は高ければ50%ほどになるといわれています.
現時点では,CMV感染を予防できるワクチンはありませんが,CMVは唾液腺の上皮細胞に存在するので,妊娠前にキスによってパートナーから感染し,妊娠中に初感染するという状況を回避しているのではないかといわれています.女性が,CMVの免疫を獲得しようとしてキスをしているとは思えないのですが,世界にはこんなこと(といっては失礼ですが)を真剣に研究している研究者が多くいて,彼らはこの仮説が本当かどうか,必死で調べているところだそうです.カップルが出会って最初のキスから最初のセックスまでの期間は,免疫ができるまでの大切な時間なのかもしれませんね.
ただし,これは女性の立場からの見解であり,男性がキスをする理由は何も説明されていません.しかし,男性はキスをするとオキシトシンの分泌が盛んになることがわかっていて,なかなか奥深いテーマです.