岡山県西部の笠岡市には,「カブトガニ博物館」という施設があり,笠岡市のカブトガニ繁殖地は天然記念物に指定されています.カブトガニは,裏返してみるとまさに映画に出てくるエイリアンそのもので,あまり愛される存在ではないかもしれませんが,実は医学に多大な貢献をしてくれています.
われわれの救急・集中治療の分野において感染症治療は最も重要な項目の一つで,ICUに入院する重症患者は感染症のなかでも特に真菌感染症を合併する確率が高いことがわかっています1).真菌培養で陽性と判定されてから抗真菌薬による初期治療を開始するまでに12時間以上かかると生命予後不良2)との報告もあり,真菌感染症を早く診断して治療を開始することは重症患者の全身管理を行ううえで大変重要です.
この真菌感染症を診断するための手段として,真菌の細胞壁成分であるβ-Dグルカンの血中濃度測定があります.このβ-Dグルカンの測定に使用するリムルス試薬はカブトガニの血液抽出物でつくられているのです.リムルス試薬中にはfactor Gという凝固系酵素が含まれており,β-Dグルカンはそれを活性化させる作用があります3).血清β-Dグルカン値は感度が高く,真菌感染症の除外診断に有用であることが示されています.
気を付けないといけないのは,β-Dグルカンは偽陽性が多いことです.血液透析やヒト免疫グロブリンによる治療を行っている患者さんの血液には,前述のfactor Gと反応する成分が含まれているため,真菌感染症がなくてもβ-Dグルカンは高値にみえてしまうことがあります3).そのためβ-Dグルカンのみを指標にすると真菌感染症がなくても抗真菌薬を使ってしまうことにつながりかねないので,注意が必要です.
このように,カブトガニのおかげで感染症診療は大きな進歩をとげました.ちなみに,カブトガニの血液の色は青く,大変毒々しい色をしています.私たちの血が赤いのは鉄を含むヘモグロビンがあるためですが,カブトガニは銅を含むヘモシアニンという色素をもつため青いのだそうです.