「白い粉」といっても,皆さんが想像するようなドラッグではなく,野球や陸上競技でグラウンドにラインを引くときに使う白い粉のことをお話ししたいと思います.
2018年7月,岡山県は甚大な水害の被害に見舞われ,倉敷市では多くの家屋が浸水し,犠牲者も多数出ました.特に被害が大きかった倉敷市真備町では,水害の一週間後,被災者が自宅の片付けに入ったり多数のボランティアが来たりした時期に一致して,眼や皮膚の症状を訴える患者さんが急増し,最も多い日では80名が被災地の仮設診療所で処置をうけました.これは,自宅清掃や瓦礫撤去の際,行政やマスコミの広報活動も後押しして,消毒目的に大規模な消石灰散布が行われたことが原因でした1).私も被災地に入ったときに,庭や道端のいたるところに白い粉がまかれているのを目にし,倉敷市の指導で行われたものであると聞き不思議に思ったのです.
消石灰は水酸化カルシウム〔Ca(OH)2〕のことで,ご存知のように水溶液は強アルカリ性を示します.そのため目に入ると角膜や結膜が損傷しますし,皮膚にも炎症を起こします.水害の後に消毒として消石灰をまくのは,地面のpHを上げることによる抗菌作用を期待してのものといわれており,実際にサルモネラや腸球菌の増殖は抑えられたという報告があります2).古代のお墓では遺体が消石灰でおおわれていることがあるそうで,ブタの死体を消石灰と一緒に埋葬した実験によると,最初の6カ月,消石灰は腐敗を遅らせることがわかりました3).ペットの埋葬のときに防臭や衛生面から消石灰を一緒に入れることが勧められているのはこのためでしょう.しかし,水害の後の消石灰散布の効果については懐疑的で,自治体によっては推奨の方法は異なりますが,最近は毒性を考慮して用いないことが多く,倉敷市にはすぐに散布をやめてもらったそうです.かつては,グラウンドにラインを引くときには消石灰が使われていました.雨の日に野球をするときはヘッドスライディング禁止と監督にいわれていたのは,今から思えば思慮深いといえます.現在は消石灰ではなく,炭酸カルシウム(CaCO3)が主に使われています.
救急外来には,皮膚に症状がある患者さんも多く来られます.あまり知られていないのですが,割と頻度が高いものにセメントによる熱傷があります.セメントには酸化カルシウム(CaO)が含まれており,長靴などに入って皮膚に触れるとひどい化学熱傷を起こすのです4).