岡山大学 救命救急・災害医学教室では,毎年5月にミャンマーへ救急のセミナーをしに行っています.ミャンマーには首都圏でも野良犬がたくさんいて,どれも目が鋭く痩せており,ちょっとやばい感じがするのですが,案の定,犬咬傷はミャンマーの救急外来で大変多く扱う外傷です.ところで,犬の祖先は狼ですが,満月になると男が凶暴な狼男に変身するように,犬は満月の日により凶暴になって犬咬傷が増えるのでしょうか?
実は医学の世界では,古くから月の満ち欠け(月相)と疾病の関係について多く研究されています.地球には月と太陽,両方の引力が働きます.そして,太陽,月,地球が一列に並ぶ新月や満月のときには,最も地球が引力の影響を受けて,潮の満ち引きが大きくなります.太古の時代,まだ魚が陸へ上がる前には,最も潮が満ちる大潮のときが陸に上がって産卵し繁殖するチャンスであり,このときにあわせて性周期ができた,と信じられています.したがって,太古の昔に備わったこのリズムは,すべての生物の活動に関係すると考える人がいても不思議ではありません1).
英国のブラッドフォードという地方都市の救急外来で1997年から3年間の動物咬傷1,621例(95%が犬)を検討した研究があります.この間に満月は37日あったのですが,咬傷の数は満月の数日前から増加しはじめ,満月の日には約2倍になるというデータを報告しています2).満月の日にはダニの活動が抑制されるらしく,それとの関係を推測していますが証明はされていません.
一方で,オーストラリアからの報告では,1997年6月から1年間の犬咬傷1,671例を調べた結果,入院数は満月の日と関連はなく,むしろ少ない傾向にあったことから,満月と犬咬傷は関係ない,と結論付けています3).これらの研究の多くは満月と咬傷の関係に焦点がおかれ,新月との関係についてはあまり調べられていないことや,毎日,満ち潮・引き潮があるのに,日内変動については不明なことも多く,今後の検討が待たれます.
ちなみに,うちのスタッフの小児科出身の尾迫先生は,「分娩で忙しかったなあ」とふと夜空をみるとほぼ満月だそうです.実際に満月の日には出産が増える,という説もありますが,現象論から満月との関係を決めるのは少し難しい気がします.