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第62回 女性への心肺蘇生はセクハラになるの?

数年前に「女性に心肺蘇生術をしたらセクハラで訴えられる」というSNSの投稿があり,救命救急の業界に衝撃が走ったことがありました.もちろんデマなのですが,たしかに自動体外式除細動器(AED)の電極パッドを貼るときには胸をはだけさせますし,病院の外で心肺蘇生(CPR)をやらなければならない場面では,相手が女性であれば躊躇する人がいるかもしれません.

オランダで目撃ある院外心肺停止5,717例を調査したところ,CPRは男性の72.7%に行われたのに対し,女性では67.9%しか行われなかったそうです1).同様に,デンマークの院外心肺停止19,372例の調査では,女性がCPRを受ける割合は男性よりも10%も低かったと報告されています2).女性がCPRを受けにくい理由として,女性の方がより高齢で一人暮らしの割合が高く,同居する男性がいた場合でも男性は急変の認識が遅くて発見が遅れてしまう,という考察がなされています.院外心肺停止のCPRにおける性差についてはほかにもさまざまな報告がありますが,総じてみると成人では性別による予後の差はほとんどないと考えられます.

では性に敏感な若年層ではどうでしょうか? その疑問に答えた論文があります.日本で17歳以下の目撃ある院外心肺停止4,525例を調査した結果,12〜17歳では女性の方がCPRを受ける割合は低い傾向にありますが,男女ともバイスタンダーCPRは約半数に行われており,優位差はありませんでした3).ただ,これは胸骨圧迫を中心としたものでAEDを使ったものではありません.では,AEDはどうかというと,日本で2008〜2015年で6〜21歳までの小学校から専門学校の生徒で発生した院外心肺停止232例の調査では,男子生徒は80.6%にAEDが装着されたのに対し,女子生徒では63.2%しか装着されませんでした4).通常の胸骨圧迫によるCPRであれば肌を露出させる必要はないのですが,AEDは電極パッドを貼る際に胸をはだけさせなければならず,これに躊躇することが原因ではないか,と推測されています.

法律の専門家によると,一連の救命処置の連鎖から大きく逸脱する行為(例えば,お尻をずっと触っているなど)がなければセクハラなどの罪に問われることはありません.しかし,若い女性にAED装着を躊躇する人がいることが明らかになった今,われわれも心肺蘇生講習で“AEDは体の上に服をかけて体を隠すようにして使う”などの指導をしていく必要がありそうです.

文献

  1. Blom MT, et al:Women have lower chances than men to be resuscitated and survive out-of-hospital cardiac arrest. Eur Heart J:doi:10.1093/eurheartj/ehz297, 2019
  2. Wissenberg M, et al:Survival after out-of-hospital cardiac arrest in relation to sex:a nationwide registry-based study. Resuscitation, 85:1212-1218, 2014
  3. Okubo M, et al:Sex Differences in Receiving Layperson Cardiopulmonary Resuscitation in Pediatric Out-of-Hospital Cardiac Arrest:A Nationwide Cohort Study in Japan. J Am Heart Assoc, 8:e010324, 2019
  4. Matsui S, et al:Sex Disparities in Receipt of Bystander Interventions for Students Who Experienced Cardiac Arrest in Japan. JAMA Netw Open, 2:e195111, 2019

著者

  • 中尾篤典(岡山大学医学部 救急医学)
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