花粉症でくしゃみや鼻をかんでいる人をよくみかける時期になりました.以前,夜勤をしていた夜中に「鼻をかんだら片目が飛び出た」という患者さんの収容依頼がありました.バイタルサインはすべて安定,視力低下はなし,痛みなし,充血は軽度でした.研修医の先生は必死で鑑別診断をあげて,甲状腺機能亢進症やアレルギー,腫瘍の検査までしようとしていましたが,夜中に急に起きるものではなさそうです.
これは典型的な眼窩気腫で,眼窩と鼻腔・副鼻腔に交通が生じることで,空気が眼窩に侵入するために起こります1).要するに吹き抜け骨折です.実は,鼻をかむと鼻腔内には相当な圧がかかることが知られています.Gwaltneyらは,咳,くしゃみ,鼻かみのそれぞれの鼻腔内圧を測定しました.それによると鼻をかむときの鼻腔内圧は,咳やくしゃみのときの圧の約10倍になり,鼻腔内圧が190 mmHgを超えると眼窩に空気が漏れる可能性が高まるそうです2).同様の現象は,ヨガの呼吸法や重量挙げをするときでも起きることがあります3).
このように「鼻をかむ」という行為は意外と危険を伴います.なので,顔面外傷で副鼻腔に骨折がある患者さんには,鼻かみ禁止という指示を出しておかないといけません.眼窩をつくる骨はそんなに軟なものではないのですが,慢性鼻炎などがあると炎症で弱くなる場合があるので注意が必要です.
また,鼻をかむと鼻腔内圧だけでなく髄液圧と鼓室圧も極端に上がります.その結果,内耳の外リンパが中耳へ漏出することがあり,これは外リンパ瘻と呼ばれています.内耳のリンパは,聴覚・平衡機能を司るために重要な働きをしていますので,めまいの患者さんをみたときには,めまいが起きる前に鼻をかんだかどうかの問診をすることが大切です.知り合いの耳鼻咽喉科の先生は,鼻をかむのが下手な人が多いことに嘆いておられました.
これらはほぼ保存的治療からスタートしますので,夜間休日に診た場合には特殊な場合を除いて眼科や耳鼻科の先生をたたき起こす必要はありません.ただし,必ず専門診療科の受診を指示しておきましょう.