今や,多くの外科手術は鏡視下で行われます.傷が小さく疼痛が少なく術後回復も早いことから今では当然の術式ですが,私が研修医の頃はまだ今ほど鏡視下手術が一般的ではなく,腹腔鏡下胆のう摘出術がようやく普通に行われだした頃でした.私は腹腔鏡下手術でカメラを持っている最中に眠くなって,先輩に叱られたことがあります.
鏡視下手術では,直接臓器を触るわけではなく,鉗子を操作して掴んだり結紮したりします.この操作は慣れないと難しく,最初は鉗子を目標の位置に持っていくのさえ一苦労で,自分の手のように操作できるようになるには相当の鍛錬が必要です.かつては,実際の手術中に現場で直接手ほどきを受けたものですが,情報公開やルールが厳しくなった今,On the jobでの訓練には限界があり,患者さんの体を模倣したシミュレーターでの練習が不可欠となりました.そして最近はゲームで遊びながら外科手術のトレーニングができる世の中になってきています.
イタリアの42人の外科レジデントを21人ずつのグループに分け,テレビゲームを用いた鏡視下手術の技術上達について検討しています.彼らは腹腔鏡下手術の経験がほとんど無いか皆無で,テレビゲームもほとんどやらない人たちでしたが,1つのグループがゲーム機のWiiで,テニス,卓球,高所でのバトル,の3つのゲームを両手で1日1時間,週5日,4週間継続しました.その後,シミュレーターを使った評価で,Wiiを使った群が有意に技術の上達がみられたそうです1).
同様に,ノースカロライナ大学病院の産婦人科で,腹腔鏡下手術の経験の有無によらず,42人の医師や医学生をランダムに集めて,WiiかPlayStation 2のどちらかを30分やってもらった後にどちらがより鏡視下手術の手技が上手になるかも検討されています.結果は,どちらも技術の向上がみられましたが,WiiとPlayStation 2には差がありませんでした2).
これでわかるように,ゲームでの空間認識や画面を見ながら手元のコントローラーを操作する作業は,鏡視下手術に役立つことが証明され,「Underground」という腹腔鏡下手術の技術向上を目的とした外科医のためのゲームソフトがWii Uで開発されました.腹腔鏡下手術の経験がない学生20人を対象に,専用のコントローラーを使ってUndergroundを週5時間,4週間続けてもらうと,ゲーム群は対照群に比べ5つの評価指標で有意に技術が向上していたそうです3).
これからは研修医や学生が仕事中にゲームで遊んでいても,「外科手技の練習をしていたんです」と言い訳をされることになるのかもしれませんね.
※Wii,Wii U:任天堂から発売された家庭用ゲーム機/ PlayStation 2:ソニーから発売された家庭用ゲーム機