われわれの研究室では,救急医学の研究のために犠牲となったネズミの祭壇をつくり,日々感謝しています.しかし,研究室の外ではネズミは感染症を媒介したり,大切なものをかじったりする嫌われ者で,ネズミを駆除するために古くから殺鼠剤が使われてきました.
この殺鼠剤の主成分は,皆さんがよくご存知の抗凝固薬ワルファリンです.ワルファリンの発見は,1920年代に米国中西部で起きた大量の牛の変死事件がきっかけです.牛の飼い主の酪農家と獣医は,牛の死因が大量出血であり,カビが生えたスイートクローバーという牧草に原因があることを突き止めました.その後,研究のためにスイートクローバーの葉と死んだ牛の血液がウィスコンシン大学に運ばれ,原因となる物質が同定されました.それがワルファリンです.ワルファリンという名前は,ウィスコンシン大学研究基金(Wisconsin Alumni Research Foundation:WARF)にちなんでつけられています.
その後,殺鼠剤として使われてきたワルファリンですが,ヒトに安全に使えることがわかり1954年に医薬品として承認され,現在では最も頻用されている抗凝固薬としてWHOの必修医薬品リストに入っています.承認された当時は殺鼠剤に使われているような薬を誰も飲みたがらず,なかなか患者さんに使われることはありませんでした.しかし,1955年に当時の米国のアイゼンハワー大統領が心臓発作を起こしたときに処方されたため,一気に知名度が上がったといわれています.
ワルファリンの作用を減弱させるのはご存知の通り脂溶性ビタミンであるビタミンKです.デンマーク人のDam博士が鶏に脂質を制限した食事を与える実験をしている最中に多くの出血がみられたことをきっかけに発見され,1943年のノーベル賞を受賞しました1).ビタミンKの「K」はデンマーク語の「koagulation(凝固)」が由来という説があります.
ちなみに東京のドブネズミやクマネズミは,いまや80%以上がワルファリンに対する抵抗性を獲得してしまったそうです.従来の殺鼠剤が効かず増え続けるので,これらはスーパーラットと呼ばれています2).