今の研修医の先生は全く知らないことかもしれませんが,かつて傷の消毒といえば,「赤チン(正式名:マーキュロクロム液)」や「オキシドール」でした.もうそのどちらも日常で見かけることが少なくなりました.赤チンを見なくなったのは,製造過程で出てくる水銀が問題になったためで,製造する会社が少なくなり,法律の規制もあって2020年で国内で赤チンを製造する会社はなくなってしまいました.
オキシドールというのは日本薬局方名で,2.5〜3.5 w/v%過酸化水素水のことです.オキシドールは血液や体組織と接触すると,これらに含まれるカタラーゼの作用により分解されて大量の酸素を発生します.この酸素の泡に異物除去効果(洗浄効果)があるとされており,体育の時間などに膝を擦り剥いてオキシドールを傷に塗ってもらうと,シュワーっと泡が出て,いかにも消毒されている気がしたものです.
数年前のことですが,オキシドールを飲んだ若い女性が運ばれてきたことがありました1).バイタルサインは安定していましたが,門脈や中心静脈にもガス像がみられ,空気塞栓の恐れがありました.どうしてオキシドールを飲んだのかと詳しく聞くと,ダイエットのためだと言っていました.確かにインターネットで調べてみると,当時はダイエット中の満腹感や,過食の後の嘔吐のためにオキシドールを使うことがあると書いてありました.
オキシドールを飲むと消化管の中で大量の酸素が発生し,それが腸管粘膜を通過して門脈系のガスとしてあらわれ,体循環に入ると腸間膜や脳の塞栓症状としてあらわれます2,3).オキシドールで開放創を消毒すると,末梢の組織や血管から酸素が体循環に入って同様の症状が起こり,重篤な副作用が多く発生したため,現在ではあまり使われなくなったといわれています.塞栓症が起きれば,高圧酸素療法の適応になります.
一方,オキシドールは強い酸化剤で,カタラーゼで分解されなければ,一般細菌やウイルスを5〜20分間で,芽胞を3時間で殺滅できる広範囲抗微生物スペクトルを有しますので,器具などの殺菌や消毒に使うことができます.
それにしても,インターネットの情報には本当に困ったものです.ダイエットをするなら,もっとよい別の方法がありそうですが.