新型コロナウイルス感染症の流行で自殺が増えています.外出自粛のため家庭で過ごす時間が増えたことが家族関係などに微妙な影響を及ぼしているのだとも言われていますが,経済的な問題を抱えた方も少なくないでしょう.医療は本人の意思が尊重されるべきで,自殺を試みる患者さんを無理やり救命することに対する倫理的な議論がないわけではありません.私は救命救急医ですので,生命の危機にある患者さんを救命する使命があります.また,自殺を企てる患者さんの多くは精神疾患を抱えていて,辛くもがき苦しんでやむなく自殺という選択をするのであり,これは精神疾患の症状であるから迷うことなく救命治療の対象となる,と考えることにしています.さまざまな議論があるなかで,自殺企図者の診療は救急現場で非常に重要であると思います.
過去の日本には,ある意味処刑である場合も含め,「切腹」という独特の自殺方法がありました.あまりきちんとしたデータはないのですが,欧米では腹部を切って自殺を企てる方はほとんどいません.しかし,日本ではいまだに切腹の文化が残っているのか,自殺未遂で入院加療を要した約4%の患者が腹部を切っています1).首吊りや薬物中毒,飛び降りなどの他の自殺方法と比べてこの数字は有意に高い値でした.当科の大学院生の西村健先生が調べてくれたデータによると,刃物による自傷に限れば,切る部位は腹部が4割強と最も多く,若い人はリストカットなど四肢を切る傾向にあるのに対して,年齢が上がるにつれ,首や胸,腹を切る傾向にあることがわかりました2).Katoらの論文では切腹以外の方法で自殺を試みた患者さんの約7割が精神疾患を患っていたのに対し,切腹を試みた患者さんの精神科受診歴は少なく,誰にも相談せずに何かの責任をとるために行われる場合が多いため,非常に予防しにくいと考察がなされています1).
「切腹」は,われわれ日本人のDNAに深く根付いているのでしょうか.ちなみに,「切腹」は英語で「HARAKIRI」として認知されていて,さらに細胞の自殺である「アポトーシス」に関連するBcl-2ファミリーに属するharakiriという名前の遺伝子があり,Hrkと呼ばれています3).