病院外で心肺停止の患者さんがいたとき,近くにいる人が直ちに心肺蘇生をした場合の方が,しない場合よりも約2倍生存率や社会復帰の確率が上がることはよく知られた事実です.一方で,自分以外に傍観者(Bystander)がいるときには率先して行動を起こすことを躊躇する集団心理が働きます.何か行動することで責任や非難が自分に及ぶことを恐れるなどの理由があるでしょう.これはBystander effect(傍観者効果)といわれる現象であり,古くから知られています1).
傍観者効果はネズミでもみられることが報告されています.筒の中に閉じ込められた「要救助者ラット」,筒から助け出す訓練を受けた「救助者ラット」,鎮静剤によってボーッと突っ立っているだけの「傍観者ラット」を用意します.「救助者ラット」が一匹でいるときには,すばやく助け出そうとしますが,「傍観者ラット」が一緒にいると,仲間を助け出す確率が低下します.この傾向は「傍観者ラット」が多いほど顕著で,「救助者ラット」はより無関心になっていきます.一方,「救助者ラット」が複数いると,彼らは競い合うように捕らわれた仲間を助け出そうとしたのです.これは,まさに人間社会と同じで,複雑な社会心理をもたない(と思われる)ラットでも本能的に傍観者効果がみられることがわかりました2).
では,ヒトの場合,責任や非難などあまり余計なことを考えずに本能的に行動できる状況であれば,この傍観者効果はなくなるのでしょうか? この答えを出すために,アムステルダムのバーで120人の被験者に対して実験が行われました.客に席に着いてもらい,仕掛け人がマウスピース20個を床にわざとぶちまけ,被験者がそれを拾い集めるのを手伝うかどうかを調べています.隣に座っている別の客(仕掛け人)が,チラッと見るだけで手伝おうとはしない,いわゆる傍観者がいる状況では,手伝いの頻度は有意に下がりました.しかし,アルコールを飲んだ被験者は,飲んでいない人より迅速に行動することがわかったのです3).
病院の外で急に倒れた人に声をかけるのは,勇気がいるものです.傍観者効果は生物の本能であるので致し方ないとして,救助者が複数いたらよりすばやく行動するプラスの効果に期待して,われわれ医療者はできるだけ多くの一般市民に心肺蘇生の講習を続けていくしかありません.