数年前から筋トレが中年男性の間で流行しているようです.何を隠そう私もストレス解消のためジムに通っていますが(最近は自粛中),ジムの一角に「加圧トレーニング」という何やら怪しげなプログラムを目にします.
加圧トレーニングは,「四肢の付け根を縛って血流を制限したまま負荷をかけることで骨格筋の成長を促進させ,筋力増強ができる」というものだそうです.比較的弱い負荷であっても大きな効果があるといわれ,実際に病院のリハビリテーションでも使われています.メカニズムはまだ確かではありませんが,成長ホルモンを誘導する,嫌気性環境で産生されたラジカルやプロトン,乳酸が筋肉増強のシグナルを誘導する,などさまざまな説が提唱されています1).この「加圧トレーニング」の場合は,手足の血流を制限することで,縛った手足に対する直接の効果をみているわけです.
一方で,「腕を縛って血流を再開させる操作をくり返すことにより,心筋梗塞や脳虚血の予後がよくなる」という,遠隔虚血プレコンディショニング(remote ischemic preconditioning:RIP)という現象があります.具体的には,通常の血圧を測定するカフで「5分腕を縛って5分開放する,これを4回くり返す」という方法で,デンマークで333人の心筋梗塞の患者さんにこの方法が試され,有意に梗塞範囲が減少することが示されました2).このほかにも,バイパス術の成績や脳虚血にも効果があることが示されています.メカニズムはこれまた諸説ありますが,手足を縛ったり緩めたりすることで,血管拡張作用があるアデノシンやブラジキン,一酸化窒素,また赤血球を増やすエリスロポエチンが増加するためともいわれています.あるいは,カテコラミンの分泌が関係するという説もあり,RIPにより何らかの内因性の生体防御システムが賦活される可能性があります.
ところが,最近Lancetから,この夢のようなRIP現象を否定する論文が出ました.ヨーロッパの33施設で冠動脈インターベンション治療を行ったST上昇型心筋梗塞の患者さん5,400人を半分に分けてRIPの効果を調べたところ,12カ月後の心機能に差はありませんでした3).
しかし,「腕を縛る」という簡単で非侵襲的な方法で一定の効果が多く発表されていることは事実ですから,この結果をもって意味がないとするのは少し気が早いように思います.身体が虚血などの状況に反応して,来たるべき災難に対して準備をしているという考えは理解できます.救急隊には,「搬送中に患者さんをしっかり観察して何度も慎重に血圧を測定してください」とお願いしていますが,その裏にはこういった研究報告があるのです.