臨床医も人間ですから,その判断能力は臨床技能や知識以外にもさまざまな理由に左右され,時には誤った判断をしてしまうこともあります.例えば,長時間にわたる労働による疲労もその理由の1つにあげられています.私も地域の病院の休日輪番の担当をすることが多いのですが,朝から晩まで延々さまざまな症状の外来患者さんを診なければならず,午前と午後とでは明らかに診療の質が違うのが自分でもわかります.
大学職員のパソコンのタイピングと曜日や時間による疲労との関係を調べた研究があります.キーをたたく間隔(タイピングの速度),バックスペースキーをたたく割合(タイプミスの回数)を6週間モニタリングすると,午後には速度が落ち,タイプミスも増えることがわかりました1).興味深いことに,タイプミスは月曜から木曜では夕方になるにつれて増えていきますが,金曜日に限っては午後も変化しませんでした.週末を控えた金曜日は機嫌がよく,作業効率が上がるためだと推測されます.
不適切な抗菌薬の処方は,耐性菌を増やすだけでよいことがありませんが,急性呼吸器感染症の診療のときにはついつい処方してしまう経験は多くの臨床医がもっています.ボストンで約200人の臨床医により診療された約22,000人の呼吸器感染症の患者さんを調べたところ,抗菌薬が適応にならない急性気管支炎,感冒,インフルエンザ,非連鎖球菌性喉頭炎などに対しても,約30%に抗菌薬が処方されていました.抗菌薬の処方率は,朝8時の外来診療開始時間からその後1時間おきに増加し,夕方には10%ほど処方率が増加したのです2).その理由としては,患者さんからの要求や,自己満足,時間がない,また可能性の低い合併症を過度に恐れる,といったことが考えられます.そして,最も大きな理由は,疲労によって判断能力が低下し,不適切な治療を避けるよりも安易な方法を選んでしまう,いわゆる「面倒くさい」ことがあげられるでしょう3).
医師たるもの常にベストの選択をしなければいけませんが,疲労で判断能力が鈍ることが明らかである以上,適切な休息や疲労の軽減にはもっと気を使うべきなのかもしれません.私は夜勤明けによくジョギングをしますが,肉体の軽い疲労は心を豊かにする気がします.