アメリカに住んでいたころ,私の息子の少年野球チームの試合中,投手が投げた球が背中に当たったバッターの親があわてて駆け寄って,市販の鎮痛剤を山ほど手にすくうやいなや子どもの口に入れ,子どもはそれをバリバリ噛んでコーラで流し込んでいました.親が,さあこれで痛みは消える,と言って子どもを一塁ベースに送り届け,満足そうにしていたのを見て私は「これがアメリカか」と感心したものです.日本でも,かつて甲子園球児が痛み止めを注射しながら連投して肩を壊す,といった例が多数あり,投球回数や試合日程が見直された経緯があります.
このように,スポーツにはある程度の痛みはつきものですが,最近,処方箋がいらないOTC薬を選手がやみくもに飲むことによる健康被害が指摘されています.2010年にドイツのボンで行われたマラソンの約4,000人のランナーのうち約半数の49%が何らかの消炎鎮痛剤をレース前,レース中に使っており,そのうち約10%のランナーに腹痛など消化器症状がみられ,9%にレース後の心血管イベントが起きたそうです.一方,消炎鎮痛剤を飲まなかったランナーには,これらの症状はほとんどみられず,逆にレース後の筋肉痛や関節痛は消炎鎮痛剤を飲んだランナーに有意に多くみられたそうです1).
ブラジルで2008年に行われたトライアスロンでは,参加者から抽出した327人のうち,ほぼ6割にあたる196人がレースに伴う痛みを抑えるためにNSAIDsを飲んでいました2).また,オランダのフェンローで行われたマラソンに参加したランナーに尿検査をすると,急性腎障害のマーカーである好中球ゼラチナーゼ結合性リポカリンが,イブプロフェンなどの消炎鎮痛剤を使用したランナーの尿中に有意に増加していました3).
アスピリンなどの痛み止めは出血傾向の危険があるため,特に激しい衝突を伴うコンタクトスポーツでは使用すべきではないですし,痛みそのものがスポーツによる怪我を予防する,いわゆる「アラーム」にもなります.私の同僚の医師もマラソンを走るときには消炎鎮痛剤を飲んでから走るそうで,競技中の関節痛や筋肉痛を予防するための消炎鎮痛剤内服はランナーの間では一般的だそうですが,身体への影響を十分に理解したうえで使用するように警鐘を鳴らすべきでしょう.