アメリカのボルチモアでは,1990年1月から1991年7月までの19カ月の間に75人の野球バットによる外傷患者が外傷センターに搬送されました.このうち26%に遷延する頭蓋内出血が認められ,死亡例もありました1).また,フィラデルフィアでも1989年1月から1990年12月の2年間に74人がバットによる外傷で入院し,患者の9割が薬物依存でした.7%が緊急手術を要し,4%が重篤な後遺症が残ったと報告されています.これらの都市にはあまり治安が良くない地域があり,銃や刃物による傷害事件が多いのですが,“棒で殴る”という古典的な方法が予想以上に多いことに驚かされます2).
イギリスのグラスゴーでもバットによる外傷について調査されています.ご存知の通り,イギリスでは野球はあまりメジャーなスポーツではありません.しかし,2006年の1月から5月にかけて20件のバットによる外傷があり,そのほとんどが酒に酔った男性によって週末に起きています.死亡例こそありませんでしたが,アメリカの同じ規模の人口の都市と比較してもグラスゴーの方がその数は多く,野球の人気から考えて不思議な結果ですが,野球のバットは15ユーロくらいで購入できる手軽な棍棒と考えられていると結論づけています3).野球の試合でいくら頭にきても選手たちはバットを持って殴り掛かることはありませんが,一般にバットは比較的よく使用される武器と認識されてしまっているのは,野球ファンの私には大変残念です.
古くからニューヨークのヤンキースタジアムでは,ファンサービスのために先着25,000人の入場者に木製バットを無料で配るイベントが行われていました.前述のようなバットによる外傷のことを知っていたためか,ニューヨークの救急医たちは,ニューヨークでバットを配るなんてとんでもない,と思ったのでしょう.このイベントに反対して調査を行ったところ,バットを配るイベント前の10日間は38人がバットにかかわる外傷で受診したのに対し,イベント後の10日間では36人と,数は変わらなかったそうです.両群間の年齢や性別,重症度も差はなかったようで,その理由には,観客は必ずしもニューヨークの住民ではないことに加え,ニューヨークではものすごい数の暴力事件があるなか,野球場でファンに数万本のバットが配られたところで,ほとんど影響はないのだろう,という考察をしています4).恐ろしいところですね….