「ポトマニア(potomania)」という言葉は,欧米ではよく耳にしますが日本ではあまり聞き慣れない言葉です.ポトマニアとは,電解質や溶質に乏しいビール系のアルコール飲料を大量に,慢性的に飲んだことによって起こる低ナトリウム血症のことをさす言葉で,血中のNaが135 mEq/L未満である状態をいいます1).症状は,低ナトリウム血症に起因するけいれんなどの神経学的異常,浮腫,筋力低下などがあります,ポトマニアという疾患名はビール系アルコール飲料の常習大量摂取の場合に限られ,水中毒などの他の低浸透圧症候群とは区別されますが,基本的には病態は同じです2).
腎臓は1時間に最大約1リットルの水利尿を行うことができます.理論的には(諸説ありますが),普通の食事をしている健常成人であれば1日当たり約20L前後の水を尿として出すことができます.水を尿にするためには,当然,溶質,電解質が必要になりますから,まともな食事もせずにビールばかり飲んでいると体液が希釈されて低ナトリウム血症を招くことになります3).水もそうですが,電解質を含まない飲料であれば,4Lを超える量を飲むと血清Na濃度の低下をきたすと報告されています.
たまに,精神疾患の患者さんなどが水を大量に飲み,横紋筋融解症の診断で紹介されてくることがあります.低ナトリウム血症による横紋筋融解症の発症機序には2つの説が有力で,1つは細胞外Na濃度の低下により横紋筋の細胞膜上のNa-Ca交換系の機能が低下し,細胞内Ca濃度が増加して細胞障害作用をもつ酵素が活性化されるという説で,もう1つは細胞外浸透圧の低下によって細胞が膨張,細胞膜が脆弱化して細胞破壊が起こるという説です.細胞破壊は浸透圧の急激な補正によっても起こりますから,ご存知のように急速なNa補正は決してすべきではなく,血清Na値の補正速度は1.0〜1.5 mEq/L/時,24時間以内に12 mEq/L以内にすることが推奨されています.精神科病院で横紋筋融解症になった患者さんは,よく聞いてみると前医で急激な低ナトリウム血症の補正を行っていたというエピソードがあることも珍しくありません4).
ちなみに,アメリカで「ナトリウム」といっても通じません.日本でいうNa濃度は「Sodium」です.