これだけ飲酒運転の取り締まりが行われても,なお飲酒運転による交通事故死はなくなりません.世界的にも交通事故死の約4割はお酒が深く関係しているともいわれ,その経済的損失は大変大きいものです.一方で,お酒を飲んで頭部外傷を受けた患者さんは,予後がよくなるという報告があります.
カナダのトロントの外傷センターに搬送された1,158人の頭部外傷の患者さんを調べたところ,血中アルコール濃度が低濃度から中等度であれば,お酒を飲んでいない患者さんより生命予後がよいことがわかりました1).同様に,アメリカのカリフォルニア州で2000年から2005年に搬送され,かつ血中のアルコール濃度を測定した482人の頭部外傷患者さんについて分析しています.アルコールが検出されなかった患者さんの死亡率が40%であったのに対して,アルコールが検出された患者さんの死亡率は27%と有意に少なかったのです2).
これにはさまざまなメカニズムが提唱されていますが,有力な説としてアルコールが重症頭部外傷によって起きるカテコラミンサージの作用を抑制するため,という報告があります.重症頭部外傷の後は,壊れた神経細胞から大量に出てくるカテコラミンにより交感神経系の過剰な興奮が起こり,それが引き金になって炎症を伴うさまざまな臓器障害をきたします.その一端を担うのがNMDA型グルタミン酸受容体なのですが,アルコールはこの受容体を遮断し,悪い連鎖反応を断ち切るのだろうといわれています3).実際にお酒を飲んでいた患者さんは肺炎の合併も少なく,またアルコールに曝露させることにより脳内にコルチコステロイドが増加し,これが脳内で抗炎症作用を発揮するという研究結果も報告されています4).また,頭部外傷の後は中枢性高熱が出て頭蓋内圧が上昇するのですが,アルコールは体温を下げる働きがあるため,それが功を奏したのではないか,ともいわれています.「酒は百薬の長」と昔からいわれているように,治療に応用することができるのかもしれません.
ただし,言うまでもありませんが,ここで書いたことは決して飲酒運転を推奨するものではありません.アルコールは重症頭部外傷の大きなリスクであり,逆に飲酒時には凝固機能が狂い,出血を助長するという研究もあり,一定した見解にはいたっていない,といえるでしょう.