私には無精ヒゲがあります.剃るのが面倒くさいのもありますが,救急医は時に粗暴な患者さんと対面することもあり,少し強面の方がいいだろう,という考えで剃っていません.
米国の大学医学部における指導医的立場の男女比を調べるために,NIH(アメリカ国立衛生研究所)から多く研究費を獲得している医科大学の上位50校のホームページから指導医の顔写真を見つけ,ヒゲの有無についても調べています.その結果,1,018人の指導医のうち男性は881人(86.5%)と女性の137人(13.5%)に比べて多く,そのうちヒゲがある指導医(もちろん男性)は190人(18.7%)であり,女性指導医数を上回っていたのです.ヒゲの割合が少ない診療科は,小児科,家庭医学科,皮膚科,産婦人科,形成外科,一般外科の6つで,これらの診療科では女性の指導医数がヒゲのある指導医数を上回りました.逆に,精神科が最もヒゲ率が高く,患者さんを支配する手段として権威の象徴のヒゲを生やすのではないか,と考察されています1).
一方で,ヒゲがあると細菌をまき散らすという警告もなされています.ヒゲがある,ないそれぞれ10人の被験者に,培地の上で頭を動かしてもらい,48時間後に細菌のコロニーの数を調べています.マスクをしていないときの菌のコロニーの数は,ヒゲなしでは3.3であったのに対し,ヒゲがある場合には9.5と大幅に増加していました2).マスクをするとヒゲの有無でコロニーの数の差はなくなりました.同じ実験がロンドンでも行われ,寒天培地を被験者の唇から15cm下の位置におき,マスクを少し揺らすことによって細菌がどれだけ落下してくるかを調べていますが,口にヒゲがある男性からの細菌数は,ヒゲを剃った男性や女性に比べて有意に多かったことが示されました3).これらの研究から,術野の細菌感染を防止するためには外科医はヒゲを剃った方がよく,ヒゲを生やすならマスクをきちんとつけなさい,という結論が導かれます.
医師のヒゲは,「赤ひげ先生」として山本周五郎の小説で知られているように,日本では人情味あふれる人と捉えられることもあると思います.しかし,韓国の病院の外来患者さんに脳神経外科医の身だしなみについてアンケート調査をしたところ,100人のうち49人の患者さんがヒゲに対してネガティブなイメージをもっていました4).一方で,白衣を着た医師には好感をもつ患者さんが多いようです.ヒゲを生やした救急医など最悪のイメージなのかもしれませんね….