かつて「ショックになる患者さんは乳酸のニオイがするからわかる」といっていた同僚の先生がいました.実際には乳酸そのものは無臭といわれていますし,その先生は何のニオイを感知していたのか定かではありませんが,実際にショックになっていたので,すごいと思った記憶があります.確かにニオイは臨床で診断の助けになりますし,われわれ人間よりはるかに優れた嗅覚をもつ犬は,麻薬捜査や災害時の生存者の発見など,すでにさまざまな場面で嗅覚を活かして活躍しています.
「第91回 動物のお医者さん」(2022年4月号)で少し触れたのですが,犬の嗅覚を医学に応用する研究は盛んに行われており,がんのスクリーニングは有名です.カリフォルニア州の財団の研究では,普通のペットとして飼われている5匹の犬にがん患者さんと健常人の呼気のニオイを記憶させ,がんのニオイを感知したら寝転がるか座るように訓練したところ,早期を含む肺がん,乳がん患者を高い感度・特異度で判別することができたと報告しています1).同様に,九州大学で行われた研究では,大腸がん患者さんの呼気と便のニオイを犬に覚えさせ,実際の患者さんと健常人のサンプルを嗅がせたところ,呼気と便のいずれにおいても感度91%以上,特異度99%で大腸がんの存在を検知できることがわかりました.大腸がんのスクリーニングには便潜血が使われることが多いのですが,それよりもはるかに感度が高く,患者さんの食事内容や喫煙者であっても影響を受けず,ポリープや炎症性腸疾患などの良性疾患があってもきちんとがんのニオイを嗅ぎ分けました2).
犬ががん特有のニオイを嗅ぎ分けていることは確実であり,アルカンやベンゼンといったがんに含まれる揮発性有機化合物のニオイを感じている可能性があります.犬は便に含まれるClostridioides difficileのニオイも嗅ぎ分けますので3),訓練しだいでは大きな力になってくれそうです.
しかし,犬も能力の個体差があり,加齢によって嗅覚は衰えます.また,気温・湿度に伴う嗅覚の変化や賢い動物であるがゆえの集中力の変化により精度はかなり影響を受けるので,働かせすぎてはいけません.医師の働き方改革の一環で,犬がわれわれの仕事をシェアしてくれる日が待ち遠しいです.