私の自宅は山のふもとにあるので,ほぼ毎週のように登山をして森林浴をしています.自然に触れると気持ちがよいですし,軽い疲労感は睡眠も改善するので,登山は最もストレス解消ができる方法だと自分では思っています.しかし,実際に森林浴にはそのような医学的な効果はあるのでしょうか?
1930年にレニングラード大学(現 サンクトペテルブルク大学)のトーキン教授が,樹木が自己防衛のために大気中に発散する物質をフィトンチッド(phytoncides)と名付けました.このフィトンチッドが森林浴によるストレス軽減やリラックス効果に関与していることが明らかになっています.特に最近,メタボリック症候群や慢性疲労,アレルギー性疾患などにも効果があることが証明され,森林が保有する身体への総合的な作用について研究が進んできています1).
ロンドンで市内の31の学校に通う9〜15歳の少年少女,合計3,568人を対象とした興味深い研究が行われました.都市部にあるさまざまな自然環境を緑地(森林や草地),青地(河川や海)に分け,衛星データを用いて緑地または青地から自宅,学校までの距離を測定し,それぞれの子どもについて,1日にどれくらい自然環境に触れているかを割り出しました.そして,自然環境に触れることが子どもの認知機能の発達,メンタルヘルス,総合的な幸福感にどれほどの影響を与えるかを2年にわたり調査しました.その結果,緑地のなかでも特に1メートル以上の木々が茂る森林に触れることが多いほど,2年後の認知機能の発達スコアが高くなり,さらに情緒的・行動的問題のリスクが16%低くなることがわかりました.草地でもそれに近い結果が得られましたが,驚くことに青地(川,湖,海)との触れあいでは効果がみられませんでした2).
森林との触れあいがこのような恩恵をもたらす機序は明らかにはなっていませんが,森林浴には免疫機能をサポートし,心拍変動や唾液中のコルチゾールを減少させるという生理的な効果があると報告されており3,4),森林のなかで行う運動と豊富な動植物による視聴覚的な刺激がわれわれの心身を安定させてくれる可能性はあります.
ロンドンでは5〜16歳までの児童・青少年の10人に1人が精神疾患を患っているそうで,都市化により緑地が失われている影響は少なからずありそうです.私が無意識に喧噪を離れて山に行くのは,本能的にこれらの効果を求めているのでしょう.森林で見つかる成分は医薬品へのヒントになるのかもしれません.