排尿に関する研究はこれまで多くされていて,例えば寒いときや緊張したときに尿意を催すのは,視床下部や交感神経が刺激されることによると理解されてきました.しかし,排尿のメカニズムはとても複雑で,これまで,膀胱がいっぱいになると尿意を感じ,排尿中には膀胱の中身が減っていく感覚,つまり,膀胱の伸縮を感じる感覚というのはよくわかっていませんでした.
最近,私たちの体に備わっている力学的な刺激を感知するメカノセンサーについての研究報告がなされ,2021年のノーベル医学生理学賞を受賞しています1,2).このセンサーは,圧や押さえるといった意味のギリシア語にちなんで「PIEZO2」と命名されました.PIEZO2は,組織への機械的な圧力や伸展・収縮の刺激が与えられたとき,組織を構成する細胞の細胞膜のイオンチャネルを開き,刺激を脳に伝えるセンサーの役目をしています.PIEZO2は,私たちの全身のさまざまな臓器や組織に発現していることがわかっており,肺の伸びを感知して呼吸を調整したり,血管内で血圧を感知したり,また皮膚の触覚を媒介する役割も担っていることがわかっています.
遺伝子変異によってPIEZO2の機能が失われている2人の患者さんの協力を得て検査をした報告があります.彼らは,知能や読み書きなど日常生活にはほぼ問題がないのですが,目隠しをされるとほとんど歩けなくなり,対象物の場所を確認した後にもう一度それを触れようとしても,どうしてもその位置がわからなくなります.さらに,膀胱が満タンであるという感覚に乏しく,失禁を避けるために排尿を予定通り行うことや,排尿時に膀胱を完全に空にするということができませんでした3).マウスの尿路にもPIEZO2が存在していますが,PIEZO2が欠損しているマウスでは,膀胱が満たされているということを感知できず,排尿時の筋肉制御にも異常がみられました.これらから,マウスもヒトも正常な膀胱の感覚や,正常な排尿にはPIEZO2が必要であることがわかりました.一方で,PIEZO2がないと全く排尿が行えないわけではなく,別のメカノセンサータンパク質が排尿に関与している可能性もありますし,足りない機能はほかの機能で補い合っているのかもしれません.
人間の基本的な感覚には,味覚,嗅覚,触覚,視覚,聴覚があります.「おしっこしたい」と感じる尿意というのは,そのどれにも当てはまりませんが,この感覚の研究がすすむことで排尿障害の病態が解明されることが期待されます.