臓器移植を受けた患者さんは,ドナーの死亡の上に自分の生命があることを悲しみ,罪悪感を感じることがあるそうです.カナダで12歳から18歳の心臓移植を受けた患者さん27人に聞きとり調査を行ったところ,多くは自己と他人の共存という状況に向き合う難しさを経験し,ドナーの資質や特性が自分に移行する,という感覚をもつと答えました1).
米コロラド大学による研究では,臓器移植を受けた患者さんの89.3%が何らかの性格変化を経験していることが判明しています2).さらにハワイ大学とアリゾナ大学の共同研究では,アメリカ国内で心臓移植を受けた10例のレシピエントとドナーのエピソードを詳細に調べ,臓器移植を受けた患者さんは,食や芸術,仕事に対する好みが変わったり,自分の経験にはないはずの「ドナーの記憶」が頭に浮かんだりといった不思議な現象まで報告されています3).例えば,プールで溺死した3歳の少女から心臓の提供を受けた9歳の少年は,それまでプールで泳ぐのが大好きだったのですが,術後から水をひどく怖がってプールに近づかなくなったそうです.また,勤務中に顔に銃弾を受け殉職した34歳の警察官の心臓を移植された56歳の男性は,「顔に強い光と熱を感じる夢」を頻繁に見るようになりました.このようなドナーの記憶が移るのは,免疫抑制剤の副作用や手術のストレス,臓器移植によって新しい人生を得た喜びの感情,などによる影響では説明が難しく,理由はわかっていません.記憶は脳だけで保存されるのではなく,すべての細胞が何らかの形で記憶をもつ,という説もあります.しかし,移植された臓器のなかの細胞がどのようにしてドナーの特定の経験や性格を保持するのか,そして臓器移植を受けた患者さんのなかでいかに発現するのかは不明です.なお,日本では生体ドナーでなければドナーの同定につながる情報を得ることはできず,このような研究はできません.
私が勤務する岡山大学病院は,日本で最も多く臓器移植を行っている施設です.ドナーのご家族は「生きた証を残してやりたい」「どこかで役に立って生きていてほしい」との思いを話されます.ドナーはレシピエントの体内で新しい人生を歩まれるので,私はドナーのご家族にバースデーケーキをプレゼントし,2回目のお誕生日を祝ってあげることにしています.