写真と症例でイメージできる診察から基本手技・手術、全身管理
山岸文範/著
■定価(本体 4,800円+税) ■B5判 ■359頁 ■ISBN 978-4-7581-1852-1
私は今42歳,医師17年目であるが,「これまで外科系の本をなんとなく敬遠してきた自分」に対するかなり強めの後悔がある.病理医だから外科の本は解剖以外読まなくてもいいや……という気持ちでいたかつての自分,ああ,無知でオロカだった.なぜそこに宝の山があることに気づかなかったのか! 手をドラえもんのように丸くして頭をポコポコ殴ってみたい思いでいっぱいだ.リアルガチな拳はちょっときついものがあるのでウレタン製くらいでいいけれど.
ともあれ,17年前とは言わないが,せめて10年早く「研修医向けの外科系教科書」を読んでおくべきだった.今になって必死で読みまくっている.うおおなるほど,うわあなるほど,と毎日のように叫んでいる.主に脳内で,たまにツイッターで.
おせっかいかもしれないけれど,「しくじり先生」的に申し上げておこう.これから内科系に進む研修医や,いわゆるマイナー科に進む研修医のみなさん.外科系の本を見逃すな.ここは穴場だ.そしてパラダイスである.先月の「外科センス」もよかったが,今月もいいぞ.
なぜ外科系の本をそんなに推すのかって? 疾病1つ1つを掘り下げていく内容もさることながら,「疾病に関わらず,患者の状態を維持するための知恵」が満載だからだ.これだとわかりにくいだろうか? 一言でまとめると,「病棟テクニック」が手に入るのである.
今回の「勝手に索引」を見ていただこう.いつものように,Webでは完全版を公開.本項では一部を抜き出して説明する.さっそく以下の項目を見てほしい.「ぐっ」とくるぞ.
救急外来で研修医が最も気にかけているであろう「緊急手術って結局どういうケースで行うの?」や,「一刻一秒を争う病態かどうかをどう判断するの?」という,岐路に立たされたとき御用達の知恵.こういうのを読んだ経験があるかないかで,たぶん,いざというときの判断が「2分」早くなる.
ただし本書は「ERでの判断を速くする技術」ばかりが書かれているわけではない.というか,それ以外の要素に滋味がある.
序盤,まず診察についてのあれこれ,すなわち手術「前」にやることの記載がはじまる.見逃してはいけない疾患のサイン,細かな診察手技のコツ,頭から足までを系統的に探っていくときのポイント…….
これらを踏まえて,次に手術「中」にやることが分厚くカバーされる.糸結びなどの手技からオペの流れまでを網羅できる.もっとも,網羅するとはいってもそこは「通読系の教科書」なので,羅列された箇条書きをただ読み下していくのとは違い,「ストーリーが思い浮かぶような読書」が可能になっていて,読みやすい.
すなわち序盤から中盤にかけて「あー確かに外科の本だよねー」と,読む前の印象を裏切らない王道展開が続くのだ.そして本書の真のかっこよさはこの先にある.「手術前」「手術中」ときたら,次にやってくるのはご想像の通り,「手術後」.
大量の紙幅を割いて,「第4章 全身管理で勉強しよう」が展開される.……ここが秀逸! ありとあらゆる研修医にとって,第4章は必読だろう.将来進む先が皮膚科だろうが精神科だろうが関係ない.病棟を管理しない医者なんてほとんどいないからだ.病棟を直接管理しない病理医(である私)ですら,病棟で起こったトラブルに端を発する患者の変化は診断しなければいけないわけで,全医師にとって病棟における全身管理の勘所は一大テーマであろう.
そもそも,初期研修医が毎日悩む内容のほとんどは,「病棟で患者をどう診るか,病棟でスタッフのためにどう動くか」であろうと思われる.主執刀するわけでもなく,自分の責任で処方しまくるわけでもないが,患者の微細な変化に目を配り,チームの一員となって目を使い手を動かせ,それがお前が今ここにいる意味だと叱咤激励される毎日.医学部時代に教わったことと無関係とまでは言わないが,机上の論理とは似て非なる,現場の論理に摩耗する.「研修医マニュアル」に必死で目を通す.そんな研修医の日常において,本書はギラリと存在感を発する.
私は狂ったように蛍光ペンを引きまくった.これこれ! こういうのを知っておきたかった! 意外と本で読んだ記憶がない,でも,今日もどこかの病棟で展開されているであろう経験知とエビデンス.
ここであらためて索引を見てみよう.するといろいろわかることがある.
ざくざく索引を作っていくと,「外科医が得意とする疾病」が幅広く記載されていることに気づく.虫垂炎,痔核,ヘルニア,腸閉塞…….疾病のメカニズムから,対処法,そして外科手術の勘所までがまとめてあって,便利だ.「そうそう,外科の教科書っていうなら,こういう内容を書いてなくっちゃねぇ」と納得されること請け合い.
しかし,本書はそこに留まらない.たとえば以下のような項目をチェックしてほしい.
「周術期の循環器合併症」について体系的に書籍で読んだのははじめてかもしれない(なお,この項目はまだまだ続くのだが紙面の都合で一部だけを掲載する).手術という侵襲が体に加わることで,具体的で多彩な症状が起こり,シーンごとに異なる対処が求められる.
うーん,シブい!「経験豊富な看護師から『患者さんが溺れていますよ』ってコールがあります」なんて,考えたくないけれどしょっちゅう遭遇しそうなシーンではないか.本書はとにかくこの「現場での多彩さをカバーし,全身をきちんと管理するための知恵」が満載なのだ.
とかく,医学部時代には,初診の患者,救急の患者を中心に,シンプルな診断カスケードに乗っかった「一本道の因果」を学びがちだ.しかし,いざ医療現場で働き始めた途端に遭遇するのは,「複数の問題点を抱えた患者」や,「院内の処置によってリスクが倍増した患者」ばかり.臨床試験に登録できる患者のような,65歳未満,命に関わる既往歴なし,多重服薬歴なし,PS良好な固形癌患者に出会うことのほうが稀だし,ガイドラインを見ながら「Aという薬がBという薬よりもちょっとだけ良く効きます」,なんて単純なシチュエーションにも意外とお目にかからない.世はまさに,マルチモビディティ診療全盛時代.「習ったとおりにいかない毎日」を乗り越えるためには,歴戦の外科医の言が頼りになる.
「透析患者に対する意識は周術期の点滴量を減らすことにのみ向きがちだがそこが1番ではない」とか,「乏尿,無尿という報告を看護師から受けたら,筆者は患者さんの頸静脈を診て,腋窩を触り,下腹部を触診しています」とか,「透析から心筋梗塞に至る一本道があると考えよう」とか.このナラティブ,良いでしょう.こういうのどんどん読みたいと思うでしょう.そうでもない? まあ人それぞれかもしれない,けど,私はこういうものこそ,本で読んでおきたいと思うほうである.
外科医の病棟管理に必要なのは,誤解をおそれずに言えば「外科学」じゃない.そこにあるのは診断と治療のくり返し,さらに言えば,術前・術後に患者の体調をベターにキープするための「維持管理学」であろう.すなわち本書は外科の本というだけではなくて(まあ外科の入門書としても優れているのだけれど),維持管理学を学ぶための本なのだ.
通常,医療においては診断と治療と維持とが三位一体になって進んでいくが(これを私は医療の三角形と名付けた),病院内外で維持管理というと,患者とのコミュニケーションを元に患者の日常を手伝う看護師や介護士,ケアマネージャーやソーシャルワーカー,栄養士や言語聴覚士など,医師以外の職種による働きが大きいように感じる.しかし医師だって維持はする.術後の患者に何が起こるかをじっくり勉強することは,まさに,医者っぽい.じっくり通読したらいいと思う.
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以上,絶賛しまくった本書であるが……スーさん(担当編集者)に1つだけ,愚痴ったことがある.この本の後半部,全身管理の第4章は,通読型というよりは網羅型,辞書型に構成されている.だから「オリジナルの索引」を作るのはすごく大変だった.項目だけを抽出すると「ふつうの索引」になってしまうのだ! ……ふつうの索引を作って何がいけないのか,みたいなツッコミは甘んじて引き受ける(スーさんもとばっちりだ).でも,普通に勉強しても,つまんないでしょう?