臓器不全を補うのは理想的には再生医療や人工臓器ですが,まだまだ現実のものとなるには時間がかかりそうであり,臓器移植に頼らざるを得ないのが現状です.しかし,大きな問題はドナーの不足です.私が医学部の学生の頃,ドナー不足の苦肉の策で,生体ドナーからの移植が日本ではじめて行われ,議論になったことを覚えています.
ドナー不足の解消のために,人間以外の動物,例えばブタなどの動物をドナーにして,家畜のようにドナー用の動物を生産する臓器牧場をつくればいいのではないか,という発想から,ここ10年来,種が異なる間での臓器移植(異種移植)の研究が盛んに進んでいます.ドナーはサルなど比較的人間に近いと思われる動物の方が免疫学的にも好ましいのですが,臓器の大きさ,繁殖力,臓器の解剖学的類似性などからブタが用いられることが多く,現在行われている研究もほとんどがブタをドナーに使うことを想定しています.
当然のことながら,人間同士の移植でも拒絶反応が起こるので,異種移植にはクリアしなければいけない,さらに高いハードルがあります.動物の細胞表面膜の主要な構成成分は鎖状になった糖(糖鎖)で,細胞のさまざまな成熟段階で特徴的な糖鎖が発現します.多くの哺乳類は,細胞の表面にgalactose-α1,3-galactose(Gal)という糖鎖抗原をもっていますが,ヒトはこの抗原をもっておらず,もともと自然抗体としてGal抗原に対する抗体(抗Gal抗体)をもっています.これがやっかいで,ヒトの血液に存在する抗Gal抗体がブタの血管内皮細胞表面のGal抗原に結合すると補体が活性化され,直ちに超急性拒絶反応が起こり,移植したブタの臓器はだめになってしまうのです.そこで,遺伝子操作をして,細胞表面にGalを発現しないGalノックアウトブタがつくられました.この大発見で急速に異種移植の研究が進むと思われたのですが,問題となる新たな抗体がもぐらたたきのように発見されては新しい遺伝子改変ブタを開発する,という歴史をたどっているのです1).
しかし,ニュージーランドの企業がブタの膵島細胞を自然抗体を通さないカプセルに包み,Ⅰ型糖尿病の患者計24人に移植したところ,その効果が確認されました2).そして最近,Ⅰ型糖尿病患者に対して,ブタの膵島を移植することが日本でも認められる可能性があると報道されました.ブタの膵島から分泌されるインスリンは構造がヒトインスリン分子に酷似しているので,効果に心配はありません.
以前はブタ内在性のレトロウイルスがヒトにどのような影響があるか未知であるため懸念されていたのですが,現在の見解では安全ではないかという見方が一般的で,異種移植は急速に現実味をおびてきました.今,臨床試験の準備が世界で急速に進んでいます.夢のような研究の進歩で,救える生命がどんどん増えてくれるといいですね.