以前,産業廃棄物処理施設で暴力団が出したゴミから猛毒のフッ化水素酸が見つかったと報道され,フッ素化合物が話題になったことがありました.
フッ素化合物,なかでもフッ化水素は工業用に使われますが,人が曝露されると体内のカルシウムと結合してフッ化カルシウムを形成する性質があります.フッ化水素の怖いところは,非常に強い透過性にあり,ゴム手袋などは容易に通過して皮膚,筋肉を抜けて骨に到達します.そして骨中のリン酸カルシウムと反応して炎症を引き起こし疼痛の原因になります.また,血中のカルシウムイオンをもフッ化するため,カルシウムが急速に消費され,低カルシウム血症による全身症状,主に心室細動を起こし致死的になることがあります.フッ化水素の中毒患者さんには,十分な循環管理を行い,グルコン酸カルシウムの投与を積極的に行わなければいけません1).
一方で,フッ素には歯のエナメル質を強くする効果と,虫歯の原因菌が酸を出すのを抑えるという虫歯予防の作用があります.また,小さい虫歯の表面にカルシウムの結晶をつくり,再石灰化作用で初期の虫歯を治す効果もあるそうです.フッ素自体が歯のカルシウムをどんどん消費する心配はありません.
WHOは虫歯予防に,水道水へのフッ化物添加を推奨しています.かつては日本でも,昭和の時代に京都や沖縄など全国の一部の地域で水道水へのフッ化物添加が行われていましたが,今はすべて中止されているようです.ですが,今でも横須賀などの米軍基地の中は,水道水にフッ化物を添加しています.水道水には塩素が入っていますよね.これは水道法で定められていて,消毒のため水源の貯水池で塩素を添加しています.フッ素は,虫歯予防の目的のためだけに添加されているところが興味深いです.歯ブラシによるブラッシングや歯科医院でのフッ化物塗布よりも,水道水へのフッ化物添加が医療経済的に一番コストパフォーマンスがよいと考えられています.虫歯になって,それがひどくなり被せものやインプラントが必要になると医療費が増大するから,という意味合いがあるのだと思います.
ずいぶん昔の話ですが,東京都八王子市内の歯科医院で虫歯予防のフッ化ナトリウム液と間違えてフッ化水素が使用され,幼稚園児が薬品を歯に塗られた途端に苦しみ出し,間もなく死亡する事故があったそうです.義歯の製造工程にフッ化水素が使われることから,業者が注文を勘違いしたのが原因だそうですが,同じフッ素化合物でもこれほど大きな違いがあることを知っておきましょう.