バンジージャンプはもともと南太平洋のバヌアツ共和国で,成人の通過儀礼として行われていたものです.男子が勇気ある成人男性となるために超えねばならない壁であったのですが,今では日本を含め世界各地で体験することができます.私は高所恐怖症ですし,学生のころデートで絶叫マシンに乗った後に嘔吐して振られて以来,絶叫系は控えています.
バンジージャンプはロープが切れたり落下したりという事故以外に,飛んだ後に視力障害を訴える患者さんが増えており,われわれも注意しておく必要があります1,2).これは,バンジージャンプによって息こらえをして胸腔内圧が上がること,また,逆立ちの状態(倒立位)で急激に減速すること,この2つの理由で上半身および眼内の静脈圧が急激に上がり,網膜の血管が破裂することに帰因します.このような“胸腔内圧の急増に続発して起きる前網膜出血を特徴とする特別な形の網膜症”を「バルサルバ網膜症」と呼んでいます.
バルサルバ網膜症は,胸腔内圧が上がる場合,例えば性交3)などでも起きるのですが,バンジージャンプは倒立位となるため,より症状が出やすいとされています.治療は保存的に血腫の吸収を待つことですが,血腫を穿刺して排出する手術的治療が選択される場合もあります.
ちなみに,研修医の先生方にとって比較的なじみが深いバルサルバ手技は,イタリアの解剖学者,アントニオ・マリア・バルサルバが用いたことにちなんで命名された手技で,ご存知のとおり,頻脈のときに息をこらえることで脈を遅くするというものです.10秒ほど息を吸ってからこらえることにより胸腔内圧が上昇し静脈還流量が減少することで,一過性の血圧低下,1回拍出量低下が生じ,反射的に交感神経が緊張し頻脈となります.息こらえをやめると,胸腔内圧上昇により抑えられていた静脈血が一気に心臓に戻るので,1回拍出量が増加し,結果として頸動脈洞の圧が上昇し,逆に反射性の徐脈を引き起こします.つまり脈が遅くなるのは,息こらえをやめた後であり,このことは意外と知られていません.
脱線しましたが,急な眼の症状を訴えた患者さんを診たとき,胸腔内圧の上昇が考えられるエピソードを病歴聴取で聞き出したら,「バルサルバ網膜症を疑っているんですが」といって眼科の先生に相談してみましょう.素晴らしい研修医だな,と思われますよ.