1990年代に「芸能人は歯が命」というキャッチコピーの歯磨き粉のCMがありましたが,8月1日は「歯が命の日」だそうです.集中治療室での歯磨きを含む口腔内ケアが,呼吸器合併症を減らし予後を改善する,という事実にもはや反論する人はいないでしょう1).このほかに,口腔内の衛生は糖尿病や動脈硬化にも深く関係しています.
食事のあと約8時間で,食べカスの中で細菌が増殖してプラーク(歯垢)になるといわれています.つまり歯垢は細菌の塊なのですが,この歯垢が慢性的な炎症を起こし,サイトカインという炎症物質が誘導されることで血糖を下げるホルモンであるインスリンの働きを阻害します.そのため血糖が下がりにくくなり,インスリン抵抗性が上がってしまい糖尿病になりやすくなります.一方で,2型糖尿病患者は非糖尿病者と比較して,歯周病発症率が2.6 倍高いことが報告されています2).糖尿病の患者さんは浸透圧利尿のため脱水になり口腔内が乾燥するので,細菌が増殖しやすい環境をつくってしまいます.さらに,唾液に含まれる糖分も増えるため,細菌は栄養が豊富な環境でより一層増殖し,口腔内の炎症が進んで歯周病を発症しやすくなります.
このように糖尿病と歯周病はお互いに悪さをしあい,負のサイクルをつくり出して症状が悪化していくのです.その一方で,どちらかを改善することでもう片方も改善されるという報告も多数あります.例えば歯周病治療により3〜4カ月後のHbA1c が統計学的に有意に改善するという結果が報告されています3).糖尿病の予防には運動,生活習慣の是正などがありますが,まずは手軽に家でできる歯磨きを徹底することからはじめてみるのもいいかもしれません.
糖尿病は昔から現代にいたるまで全世界共通の生活習慣病といえるでしょう.糖尿病の最古の記録としては古代エジプトのパピルス文書に糖尿病と思わしき記述があります.日本人で記録に残っている最初の糖尿病患者は藤原道長であり,織田信長や明治天皇も糖尿病であったといわれています.糖尿病の総患者数は現在も増え続け,重要な社会問題です.糖尿病と歯周病は一見何の関連性もないように見えますが,この2つには大きな関連性があり,病気を治療するうえで切っても切れない関係にあります.