新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)の患者さんが,嗅覚障害・味覚障害を訴えることが注目されています.もちろん,これらの症状は亜鉛などの欠乏や薬剤性にもみられますが,今回は新型コロナウイルスがどのようにこれらの症状を引き起こすか,に注目したいと思います.
ヨーロッパの耳鼻科医たちの報告では,中等症以下のCOVID-19患者さん417名のうち,86.7%に嗅覚障害,88.8%に味覚障害がみられたそうです.患者さんのうち11%の人の初発症状が嗅覚障害であり,COVID-19の治療後73%が8日以内に,97%が14日以内にこれらの症状が改善しています1).このほかにも,韓国やイタリア,アメリカ合衆国からも同様の報告があり,COVID-19に高率で嗅覚・味覚障害が表れるのは確かな事実のようです2).
嗅覚・味覚障害のメカニズムですが,最も有力な説はウイルスによる直接的な神経細胞の障害といわれています3).コロナウイルスは一般的に鼻の中の嗅上皮から神経軸索を伝って脳内に入り,神経性の嗅覚・味覚障害を起こすことが知られています.しかし,神経細胞の障害が原因にしては,COVID-19でみられる嗅覚・味覚障害は回復が少し早すぎる気がします.その理由に,視覚や聴覚・平衡覚などの感覚上皮の神経細胞数は年齢とともに減少していきますが,嗅上皮と味蕾は生涯ターンオーバーをくり返し,数週間ごとに新しい感覚上皮に更新されることがあげられます.目や耳は悪くなる一方なのに,味覚や嗅覚が年齢とともに研ぎ澄まされていくのはこのためです.
今回のCOVID-19でみられる嗅覚・味覚障害は,神経細胞のターンオーバーによって回復するにしては回復が早いため,ウイルスによる直接的な神経細胞のダメージによって起こると考えるよりも,神経周囲の細胞の炎症によって間接的に嗅覚・味覚の低下が起こると考えた方が臨床経過とも一致するため自然だ,という説もあります.
この,にわかに注目された嗅覚・味覚障害ですが,耳鼻咽喉科の先生にとってはあまり珍しいものではなく,ウイルス性の急性上気道炎後に遷延する嗅覚・味覚障害は,よく経験する臨床症状だそうです.未知の感染症で,皆さんの生活も研修もスムーズではないかと思いますが,この経験は必ず将来,医師として役に立つことは間違いありません.力を合わせて乗り切りましょう.