ヴードゥー教は,ハイチや西アフリカなどで広まっているいわゆる民間信仰で,信者は世界に5千万人以上いるといわれています.動物の生贄を使い,独特な踊りを交えた儀式は有名です.映画などで出てくる「ゾンビ」のルーツもヴードゥー教にあるとされており,なんとなく怖い印象があります.そんなヴードゥー教で呪術のときに使われる,ヴードゥー人形という人形があります.呪いは世界中でひそかに行われていて,オーストラリアのアボリジニの間では,骨で呪具をつくって呪う人を指し示すBone Pointingという方法がありますし,日本では呪いの言葉を言いながら藁人形に五寸釘を刺す丑の刻参りが知られています.果たして人を呪うことで,危害を加えることはできるのでしょうか?
1957年にCannonらははじめてヴードゥー教の呪いによる死亡症例を報告しています1).古い論文なので現在とは少し理解が異なりますが,その後の検討では,呪われているという強い恐怖や不安からカテコラミンが過剰に分泌され,たこつぼ症候群や致死性不整脈が起きることが関係しているとされています2,3).このメカニズムはくも膜下出血によって急死するメカニズムと似ています.くも膜下出血では,経験したことがない人生最大の激痛や不安のためにカテコラミンが分泌され,神経原生肺水腫やたこつぼ症候群など急性心不全が起きることが関係していると報告されています4).
つまり,これは不安や痛みが強いと死に至る可能性があることを示唆しています.患者さんが救急外来に運び込まれたら,すみやかに痛みや不安をとってあげるのはすごく大切なことなのだ,ということがわかりますね.
私は研修医だったころに,叱られすぎて意識が遠のき,死ぬかもしれないと感じたことがあります.強い恐怖や不安のためにカテコラミンが分泌されていたのでしょう.一方で,あまりに叱られ過ぎると免疫寛容のように不応需になり,今の私のようにあまり感じなくなってしまいます.ちなみに,ヴードゥー人形はいろんな種類があり,お土産物屋さんで買えるそうですよ.