ある休日の輪番日,「口の中が燃えるように痛い」という60歳代の女性が受診されました.舌や口の中を診察しましたが,発赤やアフタのような口内炎はなく,白苔の付着もありませんでした.微量元素欠乏やSjögren症候群,ヘルペスなども考えて,「明日内科で相談してみてください」と紹介状を書き鎮痛薬を処方して帰宅いただきましたが,翌月に同じ患者さんが,「いろいろと調べたけれど原因がわからず全然治らない」といって救急外来に来られました.これは救急で診ることかな? と思ったのですが,せっかくなのでこの患者さんのことを仲良しの歯科口腔外科の先生に聞いてみますと「口腔内灼熱症候群(burning mouth syndrome)と呼ばれる疾患だと考えられ,薬の副作用で起こる場合がある」とのことでした1).そこで早速,服用されていたACE阻害薬を中止し,β遮断薬に変更してみたところ数週間で症状は軽快しました.
口腔内灼熱症候群は,歯科の先生には馴染み深い疾患だそうですが,われわれ医科ではあまり診ることはありません.中高年の女性に多く,舌に明らかな病変がないけれど,舌を中心に口腔内にヒリヒリした感じや灼熱感などの不快な痛みを訴える疾患で,その病態はまだ完全に理解されているわけではなく,局所的,全身的,精神的要因の相互作用が関与しているといわれています2).治療についてはさまざまな方法が提唱されていて,現在,最も有望な治療法は抗うつ薬を中心とした薬物療法だそうです.一方で抗うつ薬の副作用で口腔内灼熱症候群が現れることがあり,奥が深そうです3).
この患者さんは,口腔内の痛みという不快感の他に,食欲低下や不眠などの訴えもあり,よくある不定愁訴で対応に苦慮しましたが,ちょっと面目がたちました.多彩な訴えをもって救急外来を受診される患者さんを診るためには,知識の引き出しを多くもっておくことが必要であると改めて認識しました.