現在の日本においては銃創や爆傷は比較的珍しく,多くの医師にとってなじみの薄いものです.しかし,現実には今も世界のどこかでは戦争が起きており,特にイラク戦争後,戦地に派遣された兵士や退役軍人が精神疾患を発症し,自殺が増えていることが問題となっています.この現象は第一次世界大戦当時から認識されており,戦地での過酷な体験による「心的外傷後ストレス障害」(post traumatic stress disorder:PTSD)などの精神疾患が原因と考えられ,カウンセリングの対象となっています.
最近,画像機器の進歩により,これらPTSDとして治療されていた精神疾患のなかには外傷性脳損傷(traumatic brain injury:TBI)と呼ばれる脳実質の微細な異常があることがわかりました.TBIが頭痛,運動障害,睡眠障害,情緒不安定,認知・記憶・言語の機能障害など,多彩な症状をきたす原因となって社会復帰を妨げていたのです1).
イラクでの任務から帰還して数カ月経過した2,525人の米兵を調査すると,約15%の兵士に至近距離の爆発などで意識を失うイベントがあり,そのうち約半数の兵士にPTSDの症状がみられました2).TBIが発生するメカニズムは,衝撃波による脳内圧の急激な変化で気泡ができるためという説,脳と髄液の密度の差による膨張・縮小率の違いによって脳損傷が起きるという説,頭蓋骨に電流が発生して脳にダメージが加わるためという説もあります.このように,多くの帰還兵が苦しんでいるにもかかわらず,戦場で脳損傷が起こるメカニズムはまだ一致した見解がありません.
最近ようやく,兵士や退役軍人から提供された脳の組織を病理学的に検討した研究結果が発表されました.その研究では爆風にさらされた兵士の脳は民間人の脳にみられるAlzheimer型認知症やびまん性軸索損傷などとは明らかに異なる病理組織像を呈しており,兵士や退役軍人に特有の変化であったと報告されています3).
衝撃波の正体は「空気の強い波」であり,皮膚や骨を通り越して臓器損傷を引き起こすこともあります.今後,衝撃波からどうやって兵士を守るかが課題であり,研究が進むことを期待します.もちろん,戦争がなくなることが一番いいのですけど.