先日,コロナ禍でなかなか行けなかった国際学会に参加し,その学会の合間にジョンソン宇宙センターに行ってきました.「第13回 宇宙飛行士が吸う空気」で少し触れましたが,私はかつてクリーブランドにあるNASAで少し研究をしたことがあります.ジョンソン宇宙センターでも宇宙に関する興味深い研究が活発に行われており,久しぶりに興奮してこの原稿を書きました.
宇宙へ行くことで人体にはさまざまな影響が出るといわれています.その影響を調べるために2011年に打ち上げられたスペースシャトルの船内でマウスを13.5日飼育し,地球に戻った直後に臓器を調べる実験が行われました.その結果,肝臓の脂肪代謝に異常が生じて,いわゆる脂肪肝が誘導され,さらには細胞外マトリックスの産生が上昇していることがわかりました1).微小重力状態が原因なのか,あるいは宇宙空間での揺れや騒音,精神的苦痛が原因なのかはわかっていません.また肝臓での遺伝子発現を調べたところ,酸化ストレスや硫黄化合物代謝に関する遺伝子が多く発現していることが確認されています.これは,マウスが強い酸化ストレスを受け,それにより減少した硫黄化合物を補おうとしていると推測でき,例えば硫黄化合物の一種であるアリシンを含むニンニクやネギ,ニラなどを食べるとよいかもしれません.ただし,そのまま食べたら宇宙船の中の臭いが大変なことになってしまいます2).
このように宇宙で健康に過ごすためには食事療法が必要になるのですが,宇宙船に持ち込める食事は当然制限がありますし,地上のように調理法を工夫することもできません.ヒューストンには,実際の宇宙船内の環境を忠実に再現した部屋があり,そこで16人の宇宙飛行士に4人ずつ45日間生活してもらい,果物,野菜,魚,フラボノイド,オメガ3脂肪酸をより多く含む新たに開発された宇宙食を支給し,唾液,尿,血液,便の検体を採取して調べたところ,コレステロールの低下,ストレスの軽減を意味するコルチゾールの低下が観察され,さらに認知機能の向上も認められたそうです3).地上で健康と思われる食事は宇宙でも健康になるというだけの話ですが, NASAではこのように安全性や栄養価に優れた宇宙食の開発にも大変な労力が使われています.ちなみにNASAに行くと宇宙食のデザートやアイスクリームを試食することができますよ.