Chronobiology(時間生物学),つまり生物の体内時計を研究する学問が最近発展しています.地球の上に住んでいれば,女性の月経などのように太陽や月の周期の影響を受けることは不思議ではなく,なかでも24時間周期のものはサーカディアンリズム(概日リズム)といいます.私たちには,period(per),Clock(Clk),cryptochrome(cry)などの時計遺伝子(clock gene)という遺伝子があり,これらによって概日リズムが決められるといわれています.これらの遺伝子に変異が起きると,行動や生理現象のリズムが正常よりも短くなったり長くなったり,またはリズムがなくなったりして,睡眠障害などの様々な疾患の原因にもなります.
この体内時計を利用して治療を効果的に行おうという試みがなされています.例えば,季節性インフルエンザワクチンは午後に投与するより,朝に投与した場合の方が効果的な免疫反応を示すことが報告されています.65歳以上の276人の高齢者に,午前9時〜11時の間,または午後3時〜5時の間にワクチンを接種してもらい,1カ月後に抗体価や各種ホルモン,サイトカインなどを測定しました.そうすると,午前9時〜11時の間に接種した群の方が有意に抗体価が高くなることがわかりました1).
このメカニズムは詳しくはわかっていませんが,副腎皮質ステロイドが関係している可能性が推測されています.コルチゾールやコルチコステロンは朝に有意に高く,コルチゾールは起床後30分程度でピークに達し,その後,徐々に分泌量が下がっていきます.コルチゾールは一般的には免疫を抑えるものと理解されていますが,逆に免疫を調整し,必要に応じて免疫力を活性化することがあります.一方で,DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)やテストステロンは午後に高いレベルになることがわかっています.こういったホルモン分泌の日内変動が抗体価に影響する可能性は否定できません.また,B型肝炎に対するワクチンでは,午後1時〜3時までに接種した方が,午前7時30分〜9時までに接種した場合に比べて抗体が多くつくられる傾向があることから2),ワクチンの種類によってベストな接種タイミングは異なる可能性もあり,今後の検討が待たれます.
私たち救急医療に携わる医療者は,なかなか生活のリズムを維持することは困難なのですが,できるだけ体内時計を狂わさないようにしたいものです.