私は救急外来で血圧がむちゃくちゃ高い患者さんを診たとき「キリンの血圧やん」とつぶやきながら降圧するのですが,キリンの血圧は本当に高いのでしょうか?
キリンの血圧はGoetz先生という偉い心臓血管外科医によって1955年にはじめて測定されました.あんなにでっかい動物は研究室や病院には入れませんし,運んでくるだけでも大変で,Goetz先生はとても苦労して測定されたようです.ちょうど南アフリカでキリンを駆除する予定があったため,実際に現地に行って頸部の動脈にカテーテルを挿入して血圧を測定し,同時に血液の成分分析や心臓・血管の解剖学的な特徴を調べました.それ以降のさまざまな報告によると,キリンは収縮期血圧がおよそ250〜300 mmHg,拡張期血圧が200 mmHgほどといわれています1).
血圧が高くても健康に生きているキリンは,私たち人間で起こる高血圧にかかわるさまざまな病態を研究するにはもってこいのモデルであり,実はキリンを参考にした循環器系の研究は多く行われています.キリンの心臓の左心室は厚さ8 cmにも達し,強い収縮力を示す一方で,内部の容積は小さく,1回の拍動で送り出せる血液の量は多くありません.これは,人間では左室拡張機能障害に起因する左室駆出率が保持されている心不全(HFpEF)に似ています.なお,生まれたときの小さいキリンは,ほかの哺乳類と同じく血圧がそれほど高いわけではありません.しかし,首が2 mを超えるようになると重力に逆らって脳まで血液をポンプで上げなければならず,成長し首が長くなるにつれて血圧が上がっていくことがわかっています.心拍数はどうかというと,敵から逃げたり戦ったりしているときは170回/分にまで心拍数が増えることがありますが,普段はそれほど多くありません2).
高血圧は腎不全や網膜症の原因になりますが,キリンの血管は抵抗が非常に強く,しかも調節能力に優れており,キリンの腎臓や目は高血圧でも大丈夫です3).また,キリンの心臓では人間でみられるような高血圧が原因となる線維化が少なく,これはアンギオテンシン変換酵素のアミノ酸配列がほかの哺乳類と異なることや,線維芽細胞増殖因子の遺伝子変異に関係するのではないかといわれています4).
このように,生物を研究材料として新しい医学的革新を探求する学問をBioinspired Medicineと呼び,これから注目される分野です.