入院患者の便秘・術後のイレウス予防
レジデントノート2023年8月号 掲載
日常診療でよく出合う場面で漢方薬を選ぶ際の考え方,使い分けを解説します.本連載では利便性のため本文でツムラの製品番号を併記しています.生薬は黄下線,漢方薬は緑下線で示します.
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「日常診療でこんなに役立つ! 漢方薬の使い方」というタイトルでしばらく連載を担当する,慶應義塾大学医学部漢方医学センターの吉野 鉄大です.私は,自身が医学生のときにアトピー性皮膚炎に対する漢方薬の効果を体験したことをきっかけに,漢方医学の勉強をはじめました.幸いなことに指導医の先生方のご理解もあって,初期研修医のときから病棟で漢方薬を使用する機会に恵まれました.自分が処方選択した薬の効果を実感できるのは,現在の初期研修制度や医療事情のなかにあってはなかなか得難い経験だったと思います.
本連載では,初期研修医・専攻医の先生方が病棟や救急外来でよく出合うと思われる場面で漢方薬を選択するとしたら,という設定で,少しでもお役に立てそうな内容をご紹介できればと思います.本連載は漢方医が執筆していますが,漢方薬以外も踏まえた薬剤選択を考えていくつもりです.
初回は,ついつい約束処方のまま「便秘時センノシド2錠」などとしてしまいがちな病棟での便秘と,その関連として術後イレウスの予防に対しての漢方薬について概観してみたいと思います.なお今後,何度となく出てくる言葉として,薬用植物など天然物由来で単独のものを生薬(しょうやく)とよび,その生薬を複数組合わせたものを漢方薬とよんでいきます.また,センノシドはダイオウやセンナといった生薬から抽出された化学物質なので,漢方薬でも生薬でもなく有効成分とよんでいくことにします.なお利便性のため,基本的に本文中の漢方薬にはツムラの製品番号を併記しています.生薬は黄下線,漢方薬は緑下線で示します.
60代女性,便秘.1週間前に回転性めまいの診断で入院した.良性発作性頭位変換めまいの診断で,症状自体はピークを超えたものの軽度のめまいが残存しており,ご本人の再発への不安も強いため入院で経過観察となっていた.入院後,ベッド上臥床の時間が長く,便秘がちで数日に1行程度しか排便がみられていない.
便秘の治療を考えるうえでの大前提は,腸閉塞やイレウスを除外することです.閉塞があれば薬剤ではなく手術的な治療が必要になるためです.とはいえ便秘の全症例に腹部CTをとりましょうということでもありません.病歴,状況,身体所見から本症例では閉塞の可能性はまずなかろうと判断したとして,薬剤での対処を考えていくことにします.
まずは漢方薬以外と分類されている便秘薬について考えていきましょう(表1).便秘薬は緩下剤と刺激性下剤に分類されますが,「緩」の対が「刺激」なのはなんとなく違和感がありますね.本来は効き目の速さで分類すると緩下剤に対しては峻下剤となり,漢方の古典では峻下剤を感染症などにおいて文字通り「出して治す」ために用いられてきました.作用で分類すれば,塩類下剤に代表される浸透圧性下剤などに対して,腸管を刺激して排泄を促す便秘薬が刺激性下剤ということになりますが,実務的にはほぼ浸透圧性下剤が緩下剤で,刺激性下剤が峻下剤なので,互換的に用いられているということなのでしょう.
表1●漢方薬以外の便秘薬一覧
日常診療でこんなに役立つ! 漢方薬の使い方
病棟で「入院患者さんが3日ほど排便なく,何か下剤の指示をください」と言われればとりあえず近日中の排便を促すという意味で効果の早い刺激性下剤を処方することになるでしょうし,「長期入院患者さんが便秘がちで,定期的に刺激性下剤を使用しているのですが,何か別の下剤の指示をください」と言われれば浸透圧性下剤を調整していくことになるでしょう.
続いて漢方薬についても考えてみましょう.効能効果に便秘をもつ漢方薬は10種類以上ありますが,そのすべてに刺激性下剤である生薬ダイオウを含みます.生薬ダイオウはタデ科の高山植物の根茎で,中国だけでなく北海道で栽培されています.
また,漢方薬でもボウショウ〔硫酸ナトリウム(Na2SO4)の十水和物〕という塩類下剤を用いますし,さらに126麻子仁丸(ましにんがん),および追加生薬を含む51潤腸湯(じゅんちょうとう)は,ダイオウによる刺激性下剤としての作用だけでなく,マシニンやキョウニンによる緩下剤としての作用も報告されています.そのメカニズムも最近理解が進んでおり,Large conductance Ca2+ activated K+ (BK) channels経由のK+排泄や,リナクロチドとほぼ同様の上皮機能変容作用〔CFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)経由のCl−排泄による作用〕が報告されています1).
「慢性便秘症診療ガイドライン2017」では刺激性下剤の長期連用は避けるように記載されていますので2),ダイオウを含む漢方薬についても可能な限り頓服とした方がよいでしょう.刺激性下剤連用の問題点は2つ考えられます.
刺激性下剤のなかでもセンナ,ダイオウは黄色色素が強く,腸管メラノーシスのリスクとなります.腸管メラノーシスは,大腸ポリープのリスク因子であることが指摘されています3).大腸がんとの関連は議論があるものの,腸管メラノーシスを無視することもできないというのが現実でしょう.私も実際に,ダイオウを含む漢方薬を長期に連用して下部消化管内視鏡で腸管メラノーシスを指摘されたという方を経験しています.その場合,緩下剤への切り替えを試みることになりますが,切り替えはなかなかすんなりいかず,どうしても刺激性下剤を止められない方もいます.
刺激性下剤を単独で連用すると,全員ではないものの,薬効が減少し投与量を増やさないといけないことがあります.これに対して,in vivoでの研究ではありますがダイオウとカンゾウとの併用で耐性リスクが低減することが報告されていますので4),例えばセンノシドやピコスルファート単独を頓服として用いて,定時処方にせざるを得ない場合は84大黄甘草湯などのダイオウとカンゾウが併用されている漢方薬を使った方がよいのかもしれません(表2).ただ,他の漢方薬と併用する場合には,カンゾウの副作用である偽アルドステロン症に注意が必要です.特に体格の小さい高齢者に対してカンゾウの総投与量が多くならないように配慮する必要があります5).便秘薬としての効果が過剰にならないように,という意味でも,まずは就寝前1包から開始し,適宜増量するのがよいでしょう.
表2●ダイオウを含む漢方薬の分類
下線は適応症として便秘を含むもの
目の前の患者さんが悩んでいることが本当に入院してからの一時的な便秘だけなのであれば,いわゆる西洋薬の便秘薬を使うことに全く問題はないでしょう.私は,必ずしもすべての患者さんに漢方薬を用いなくても良いと考えています.
漢方薬には便秘薬だけでなく,さまざまな生薬が組み合わされているため,原理的には便秘以外のさまざまな症状がある場合に適していると考えられます.もしも患者さんが便秘のこと以外にも何か普段からの悩みがある場合には,漢方薬も選択肢として考えてみてください.
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