「どうして夢を見るのだろう?」と子どものときに,おそらく誰もが一度は夢を不思議に思ったでしょうし,私が睡眠の研究室に入ったのも夢に興味があったからです.まず,夢に関する科学的知識を少し整理しましょう.
最初に夢を科学的に捉えたのは精神分析学を創始したフロイトです.フロイトは1900年に「夢解釈」を出版し,私たちの見る夢には深層心理が反映され,夢は願望を満たすためのものと考えました.その後,1953年にアセリンスキーとクライトマンがレム睡眠を発見し,脳波が覚醒時のように活発に働く数十分のレム睡眠で覚醒させると,人は鮮明な夢体験を報告することが明らかになりました.ようやく客観的な夢の研究ができるようになったのですが,レム睡眠の発見から50年以上経った現在でも夢のメカニズムや意義などはあまり解明されていません.
それでは,本題に戻って,覚えている夢と覚えていない夢の違いを考えてみましょう.チェックアウトすると宿泊したホテルの部屋番号を忘れてしまうのと似ていて,たいていの夢の記憶は長くはありません.起床時には夢の内容を覚えていても,歯を磨く頃にはその内容を忘れかけていることが多いし,午前中のうちにはすっかり忘れていることがほとんどです.夢の記憶には起きるタイミングがかかわっていて,夢を見たレム睡眠から経過した時間が長いと想い出しにくくなる性質があります.
さらに,夢の記憶の想起には,その夢がいい夢だったかどうかがかかわってきます.「飛行機に乗り遅れそうになる」「試験に失敗する」といった嫌な夢を見ると,起きてからも覚えていることが多くなります.著名な精神科医の中井久夫氏によると,夢のなかで解決がついてしまえば「何か夢を見たなぁ」という感じくらいしか残らず,目覚めたときに覚えているのは,「噛みかす」のように夢のなかで決着がつかなかった部分があったからだそうです1).いい夢を見ると覚えておきたいと思いますが,覚えておきたいと思ってもすぐに記憶からなくなってしまうのがいい夢なのです.
小川朝生,谷口充孝/編
定価 3,500円+税, 2013年2月発行
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