かつて日本がまだ戦争をしていたころ,病気になって徴兵を逃れようと醤油を大量に飲んだ人が多くいたそうです.醤油は今やsoy sauceとして世界中で手に入る調味料ですが,本当に醤油をたくさん飲むと病気になるのでしょうか?
醤油の塩分濃度は,種類にもよりますが約15〜18%です.海水の塩分濃度は約3.5%ということを考えると,醤油の方がかなり高いのですが,海水も醤油と同じくらい塩辛く感じます.これは,醤油ではうま味成分といわれるアミノ酸や糖分,有機酸などが塩辛さをマイルドにしているためといわれています.
日本では,醤油を飲んで自殺した方の剖検例が報告されています1).この方は60歳女性で,12年間,精神病で苦しんだ末,醤油を1 L飲んでしまいました.このときの血中ナトリウムは177 mEq/Lまで上昇したそうです.昔は塩は催吐剤として使われており,今でもペットが異物を飲み込んだときには塩を飲ませて吐かせることが推奨されているそうですが,ヨーロッパの家庭ではいまだに人間に催吐剤として使うこともあるようで,ドイツでは塩の大量服用で亡くなった3例が報告されています2).Carlbergらは,友人たちとふざけて約1 Lの醤油を飲んだ2時間後,昏睡に陥った19歳のアメリカ人少年の一例を紹介しています3).大量の水を胃管から入れて,さらに経静脈的にブドウ糖液を輸液し,その量は30分で6 Lに達したそうですが,治療の甲斐あり,3日後には意識が戻り,1カ月で社会復帰したそうです.
高ナトリウム血症では細胞内脱水が起こるとされ,一番弱い臓器は脳であることから,いずれの症例でも,数時間以内に頭痛,けいれんや高熱,意識消失などの神経症状がみられています.さらに,血管内水分の貯留によって脳浮腫,肺水腫をきたし,呼吸不全を併発したり,尿細管壊死をきたすこともあると報告されています.
食塩の半数致死量(LD50)は3 g/kgとされており,60 kgの人ならば180 gが致死量となるのですが,醤油を1 L飲むとちょうど致死量くらいになるわけです.中国では大量の塩を飲むことはよく知られた自殺の方法です.いくら酔っていても,卓上醤油を一気飲みすることが危険なことはおわかりいただけたはずです.醤油を大量に飲んだ症例などなかなか出会えるものではありません.臨床経験を共有するための症例報告はとても貴重で,先生方もこのように自分が経験した症例をどんどん報告していただきたいと思います.