ベーチェット病は(Behçet’s disease)は,口腔粘膜のアフタ性潰瘍,外陰部潰瘍,皮膚症状,眼症状の4つを主症状とする慢性再発性の全身性炎症性疾患ですが,別名「シルクロード病」と呼ばれています.「c」にヒゲがついたような文字を含むBehçet病は1937年にトルコのイスタンブール大学皮膚科のHulusi Behçet教授にちなんで命名されています.
なぜシルクロード病と呼ばれるかは,イスタンブールのある地中海沿岸から中近東,そして日本を含む東アジアという,かつての交易路であったシルクロード沿いに多発しているためです.学生のときに,HLA-B51とかA26とかいう遺伝子がベーチェット病の発症に関与していると教えられましたので,てっきり交易に関係する民族移動か何かに伴ってHLAが東へ東へと日本まで遺伝し,シルクロードに沿った地域でベーチェット病がみられるのかと思っていたのですが,どうもそれだけではないようです.
もちろんシルクロード沿いの地域は欧米に比べてHLA-B51抗原陽性頻度が高く,また,ベーチェット病患者では健常者に比べて陽性頻度が高い,という報告は多数あり,発症に何らかの遺伝的要因がかかわっていることは明らかです.しかしながらHLAだけでは説明がつかないことも多く,例えばシルクロード沿いの地域と同等のHLA-B51抗原陽性頻度であるイタリア・ポルトガルやエスキモーにおいては,ほとんどベーチェット病の発症はありません1).同様に,日本人と同じ遺伝子背景をもっているはずの,日本からハワイに移住した日系ハワイ人においてもベーチェット病の発症は報告されていません2).さらに興味深いことには,フィンランド人が日本に移住した2年後にベーチェット病を発症した症例も報告されています3).こうしたことを考えると,遺伝的要因だけではなく,シルクロード地域の何らかの環境要因がベーチェット病の発症に関与していると言わざるをえないでしょう.抜歯や扁桃炎があると病態が悪化することから,口腔内の連鎖球菌との関連を示唆する報告もあり,いまのところ環境要因として,ウイルス感染,細菌感染や,農薬などの微量化学物質などの可能性が提唱されています.
現在,ベーチェット病では,全ゲノム解析を通じた原因遺伝子の同定や生物学的製剤の開発が進められているようです.糖尿病や高血圧などの生活習慣病のほとんどが多因子疾患であると言われていますが,こうした疾患も今後その遺伝的要因と環境要因がよりはっきりと解明されていけば,劇的に効果のある治療薬が発明される時代がくるのかもしれませんね.環境要因を同定することで,「運命は変えられる」かもしれないのです.